第74話 逃避

「もう、ヤバいかもしれないね。」


いすみが直接話したにも関わらず、その後も怜奈は領事館の建設現場に姿を見せていなかった。

結局、あかりが小林と共に現場を仕切っている。


「あかりさんが来てくれて、なんとか、現場廻ってますから、いいですけど、北見さん。一度、あっちに返した方がいいですよ。最近じゃ、王宮にもぺぺさんとこにも行かないで、自分で仕事請け負ってるみたいですよ。」


「どこに寝泊まりしてるのかな?心配だね。」


ため息と共に、あかりは呟く。


◇◇◇


「アウグストさん。午前のオーダー終わりました。午後はラクト商会のゲイアサプライヤ交換の作業に行ってきますね。」


朝から工房で、魔道具の補修作業を行い、作業が完了した怜奈が、アルテ・ギルドの事務所に報告を兼ねてやって来た。


怜奈は、アルテ・ギルド傘下の商人の店に住まわせてもらい、魔法具の補修や、ゲイアサプライヤの交換の図面や指示図を書く日々を送っている。


このままではまずいが、この状態で、いすみの世界に彼女を返すのも良くない。というぺぺの考えで、いすみにも内緒で、ペペに頼まれたアウグストが、彼女の面倒を見ている。


そして、「住まわす」だけでは決して許さない、アルテ・ギルドの方針で、怜奈は働いているのだが、それが、怜奈にさらに仕事を斡旋することになり、あやふやな状況ではあるが、彼女にとっては好ましい結果になっている。


「ご苦労様でした。あなたにお客さんが来ていますよ。」


事務所の執務室で、怜奈を待っていたのは、茶褐色のローブを着た中年の女性と、少女だった。

少女はアウレータよりも、2、3歳程度年下であろうが、顔面蒼白で息が荒い。


怜奈が困惑していると、アウグストが口を開いた。


「彼女はアルテ・ギルドに所属する魔法士で、子供の方は彼女の娘です。」


アウグストの紹介に、2人は頭を下げる。

あわてて怜奈も頭を下げる。


「彼女の娘は、もともと呼吸をする体の機能が弱く、超小型のゲイアサプライヤを常に携行して、魔法力の補助によって、なんとか生き延びてきました。」


「ただ、あなたも知っての通り、ゲイアサプライヤには使用できる期間があります。そして、見ての通り、彼女のゲイアサプライヤの期限は間もなく切れま。この子の生涯もそこで終わります。」


この子がもうすぐ死ぬ?

現代の日本にいると、死というものを身近に

感じることはない。そして、これから、それを迎えるという少女を目の前にして、怜奈は困惑と恐怖を感じた。


「話はわかりましたけど、アウグストさん。わたしにどうしろって言うんですか?」


困惑しながらも、怜奈はアウグストに問いただす。


「もともと、この娘は生まれてすぐに、死ぬ運命でした。

そもそも、ゲイアサプライヤを、人体の生命活動の補助に使うなんて、本来であれば、あり得ません。」


顔面蒼白の母親が話し始める。


「この子がこんな状態で生まれたとき、レ・ブン商会の前の会長が、この子の肺の活動を補助することものできるゲイアサプライヤを。」


「それって・・・。」


「そう、先代のレ・ブン商会の会長には、あなたと同じ、構造解析ストルータアナライジ能力ちからがありました。」


母親の魔法士の話しの補助を、アウグストがする。


「ですが、前会長はもういません。こんなことができる、構造解析ストルータアナライジ能力ちからを持つ人もいません。」


苦しむ少女の口許をぬぐいながら、母親は続ける。


「お願いです。あなたの構造解析ストルータアナライジ能力ちからを使って、この子を助けてはくれないでしょうか・・・。」


人一人の生死を左右するという責任の重さに、怜奈はどうしていいかわからない。


「わたしはお医者さんじゃありません。建築士ですよ。それに、建物の構造設計が専門です。人の命を助けてくれって言われても・・・。」


「ダメだったら、この子の命はそれまでだったんです。どんな結果になろうが、お恨みはしません。」


母親は微笑みを浮かべ、怜奈を見る。


さらに困惑した怜奈はアウグストの方を向く。


「やってもやらなくても構いませんよ。

ですが、あなたは言ってましたよね。自分にしかできない仕事がしたい。自分にしかできない仕事があるのに、誰でもできる仕事をいやいや、やるのは、ごめんだって。」


彼女は、無表情ななかにも、咎めるような。それでいて、小馬鹿にするような口調で続ける。


「わたしはあなたのその言葉を聞いて、ここにあなたを置いたんです。私も、イスミたちのおかげで、好きな商売の仕事を続けることができるようになりました。ハーフエルフというだけで、望まない仕事を受けなくてもよくなりました。」


彼女の種族としての能力によって、望まない諜報活動の類いの仕事を行わなければいけなかった過去を持つアウグストは続ける。


「断ってもいいですが、それって、あなたのおっしゃっていたことに反することになりませんか?」


アウグストは、いつものように、表情を全く変化させず。しかし、饒舌に語る。


「・・・きついですね。アウグストさんは。」


アウグストのに、怜奈は、薄笑いを浮かべて答える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る