第75話 できることやるべきこと

まず、やることは、少女のゲイアサプライヤを解析すること。

構造解析ストルータアナライジを発動し、魔法力の流れを読み取り、魔法計算式マヒア・カルクスを組み上げていく。

スケールが小さいとはいえ、人体に影響を与えるほどの高性能なゲイアサプライヤだ。解析するだけでも、かなりの手間と時間がかかる。


「基本は構造計算と同じ。上からかかるちから重さ地面からだに届くまでに、いかに分散して、負担少なく、有効に届けるかが大事・・・。」


数日かけて、<魔法構造図マヒア・ロギモス>を組み上げた怜奈は、ぺぺの工房へ赴き、条件に合うゲイアサプライヤを探す。

ぺぺも、怜奈には及ばないが、構造解析ストルータアナライジ能力ちからを発動して手伝うが、適合するものは、なかなか見つからない・・・。


「怜奈、その子には申し訳ないけどさ、ウチの工房にある分じゃ、とても無理だよ。」


しかし、ぺぺの言葉には、耳を貸さず、怜奈は、構造解析ストルータアナライジを発動させつつ、広い倉庫を無言で探し続ける。


ぺぺはため息をつき、怜奈に声をかける。


「無理せず、気がすんだら、帰っておいで、あたしはまだ工房にいるからさ。」


「・・・ありがとう。ぺぺさん。」


怜奈の頭を撫でて、ぺぺは倉庫を出ていった。

それでも、適合するゲイアサプライヤは見つからず、ついに、怜奈は座り込んでしまう。


「・・・やっぱり、ダメなのかなあ。やりたい仕事を続けるって、ダメなのかなあ。皆が言うように、妥協してうまくやっていかなきゃダメなのかなあ・・・。」




怜奈は小さい頃から、数字が好きだった。そして、中学生になると、物理に夢中になる。数字で弾き出した結果の通りに、物事が動いていくことの神秘は、彼女に衝撃と感動を与え続けた。


大学でも構造を学び、教授の推薦あって、大手の構造事務所に就職することできた。

だが、彼女を待っていたのは、何より素晴らしい世のことわりである、構造の真理を必要としない、現実だった。


「簡単な話だろ。コンクリートの壁一面に、十字の切れ込みを入れりゃいいだけだよ。」


「十字を入れるって・・・。いいですか、あなたたちのオーダー通り、30m四方の壁面に、十字を入れるってことは、十字の中央の切れ込みの巾が30センチの場合、両端を1m残したとしても、13m×13mのコンクリートの壁が状態になるってことですよ。そんな構造なのに、壁厚が20センチ以下なんて、絶対無理です!」


「・・・あのさ、細かいことごちゃごちゃ言われたって、わかんないんだよね。あんたらの仕事は、とにかく、こっちの描いた絵の通り、コンクリと鉄筋量を出せばいいんだよ。」


某有名建築家の主宰する設計事務所の一番弟子・・・。有名な建築家のほとんどは、基本プランを作ったら、実施設計や、現場監理は、その事務所の所員がやる。・・・。は、打ち合わせの席で、そう、いい放った。


「出せばいいって!ねえ!ちょっと」


怜奈は、一番弟子の言葉に激昂して、席を立つ。


「まあ、まあ。北見くんもそう、興奮しないでさ。善処しますんで、お願いしますわ。」


怜奈の勤める事務所の上司であり、この物件のリーダーが彼女を押さえる。


◇◇◇


「なんでちゃんと言わないんですか?こんな構造無理ですって?」


帰りの電車のなかで、怜奈は上司に食って掛かる。


「北見くん。もしかして、意匠事務所。なんて思ってないだろうね?」


「?」


上司の言葉の意味が、怜奈にはわからない。


「いいかい?意匠事務所は、我々にとっては、お客様なんだよ。そもそも、僕たちの業務の支払いは誰がする?意匠事務所だろ?我々は、彼らの言う通りに仕事をして、気持ちよく建物を完成させてやればいいのさ。」


「だからって・・・。」


「いいかい。我々の商品のひとつである、構造計算書。今回はおそらく500ページぐらいになると思うけど、彼らは、1ページたりとも見ないし、理解もできない。そんな輩に、順序立てて、構造の打ち合わせなんかしたって、意味がないのさ。」


◇◇◇


「どう言うことなんだ!」


〈十字の右上部分が崩れた〉と、件の建築家から、直接、連絡があったのは、その物件が完工してから2か月後だった。


「構造計算はあんたたちがやったんだろうが!この責任をどう取るつもりなんだ!」


同席するクライアントへのアピールか、必要以上に大声で、所長も含めた怜奈達一同を建築家は怒鳴り続ける。


下を向いて、建築家の説教を聞いていた怜奈だが、


「おかしい?結局、壁厚も妥協させて厚くしたし、鉄筋量も適切だった。あたしの計算で、崩れるはずはないのに・・・。」


そんな視界の隅に、彼女は例の一番弟子の姿をとらえた。

彼は気まずげに、怜奈から目をそらす・・・。


「もしかして・・・。」


怜奈は謝罪のため、頭を下げ続ける、一同の列から飛び出す。


「おい!まだ、話しは終わっていな・・・。」


建築家の声を無視して、怜奈は崩れていない部分の壁にスケールをあて、崩れた壁の鉄筋を調べる。


「・・・壁厚も薄いし、鉄筋の量も足りない!何ですか?これ?」


「北見くん。黙りなさい。」


「だって所長!これって、あたしたちの出した計算結果とは、全く違いますよ!鉄筋量も壁厚も!」


「黙れと言っているんだ!」


所長の一喝に、怜奈はすくむ。


「先生。失礼しました。お続け下さい。」


再び、頭を下げ、所長は建築家に促す。


「もういい!」


クライアントと、建築家一同はぞろぞろと立ち去って行った。


「どうしてなんですか?所長!あたしたちの計算は完璧でした!その通りにやってれば、崩れるはずはないんです!明らかに、あっちの施工ミスじゃないですか!実施図面を描いた、あっちのミスじゃないですか!おかしいですよ。こんなの!」


怜奈が一通り叫ぶのを、い並ぶ所員一同は、薄笑いを浮かべて見つめている。


「?」


「あのさあ、北見くん。この件はもう、話がついてるんだよ。おい!誰も北見くんに話しとかなかったのか?」


怜奈に説明する所長が、所員一同を見回すと、皆、ばつが悪そうに視線をそらす。


「俺たちもプロだ。状況を見れば、これは構造計算のミスのせいで崩れたんじゃないってわかるさ。あのセンセイもわかってるさ。ただ、クライアントへのメンツがあるから、ああやってパフォーマンスしてるんだ。」


所長のあとをついで、この物件のリーダーが続ける。


「あの一番弟子さんが、こういうことをやるのはわかってたさ。俺たちも、まあ、うまくいったら、それでいいや。って思ってたしな。まあ、不幸な結果にはなったけど、こっちには責任はないことは、センセイもわかってるから、こっちの責任の追及なんか、してこないさ。確認申請の添付書類には、俺たちの構造計算書がついてるんだから、法的なことになっても、俺たちの責任を追及されることはないしな。」


リーダーは、くずれたコンクリートの破片を拾い上げ、瓦礫の山に、アンダースローで投げつけた。その行為に、怜奈はすさまじい嫌悪感を覚え、右手のこぶしを握りしめた。


「まあ、少ししたら、あっちから、謝罪の電話と、若干の迷惑料がふりこまれてく・・・。」


言い終わる前に、怜奈は、上司の顔をおもいっきりぶん殴っていた。


◇◇◇


彼女は構造事務所をクビになり、スマホで次の職探しをしていた。

しかし、希望する構造設計の仕事は、なかなか見つからない。

そんな時に、見つけたサイトが〈工務店研鑽会〉だった。


〈建築のお仕事をしている皆さん。情報交換しませんか?〉


そのトップページには、頬笑む〈彼女〉の画像があった。


「タイプだ。」


◇◇◇


「初めまして。瀬尾華江です!」


元気一杯に、笑顔で名刺を差し出す〈彼女〉は、HP画像より素敵だった。

画像ではわからなかったが、は思ったより背が低く、華奢だった。

それでも、うっすらと日焼けした肌が、外仕事をしていることを感じさせた。

彼女はその小さな体で、会場をコマネズミのように駆け回る。

会の間、怜奈はずっと彼女を目で追っていた。


舞波工務店の業務は正直、楽しくなかった。

でも、が素敵だったので、耐えられた。

戸惑う業務の部分は、彼女がつきっきりで教えてくれた。それはそれで、幸せだった・・・。


◇◇◇


ぺぺの工房を出て、足取り重く、アルテ・ギルドに戻る、帰り道では声をかけてきた。


「初めまして。わたくし、レ・ブン商会という商会に勤めております、ミモザ・アースと申します。」


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