第73話 黒い影

王都の周りに点在する衛星都市から王都への出入りについては、流通を円滑にすることで、王都を始め、衛星都市の繁栄もなる。という王の指針によって、商売を行う場合の最低限の関税はあるものの、他の都市にあるような入頭税等の取り立ては行われていない。


ただ、決してノーチェックで出入りできるわけではなく、特に2回目以降の入場に関しては、前回入場時に王都で行った行動や、商売の内容が考慮され、不適合と見なされた人物は王都廻りに巡らされた塀を越えることはできなくなる。


「お久しぶりです。ロランさん。」


そんな城壁の入り口で、いすみは勇者ロランと対面していた。

以前、いすみに建設機械扱いされ、報酬に目がくらみ、勇者らしからぬ働きをしてしまった彼だが、最近は衛星都市周辺に頻繁に出現するようになった魔獣の討伐に王都の外で活動することが多くなっている。

そんな彼が「話がある。」といすみを城門に呼び出した。


安西と長谷部がらみで、城門の衛兵にも、マイナミ商会の職員は顔が利くので、城門の管理塔の一室を借りた。


「ここしばらく、王都と衛星都市周辺の魔獣の討伐を行っていたのだが、あまりにも数が多すぎる。なにかの意図のようなものを感じるのだ。」


ロランは前置きもなく、いすみに話しだす。


「意図とは?」


「人為的な意思だ。王都周辺の衛星都市を囲むように、魔獣の出現が頻発していることに、それを感じる。」


話しながら装具を外し、入ってきた衛兵に武器を預ける。


「そして、傭兵どもの動きもなにかおかしい。」


マイナミ自警団と、彼らと切磋琢磨したことで、戦闘力が大幅に向上した王都衛兵隊の活躍で、最近は王都で以前のようにならず者の傭兵が暴れるような事件はほとんど起きていない。

王都に入りにくくなったそういった者達が衛星都市で悪さを働くのでは?と、いすみがロランに話す。


「いや、そういった無秩序な動向ではなく、まとまった数の武具や装備を揃え、彼らに与えている者がいるようだ。」


「そう、言うなれば、いくさ前のような感じだな。」


ロランがいすみの目を見据えて話す。


「そうですか。でも、なんでそんな話を私に?」


一気に話し続け、衛兵が持って来た飲み物を口にして一息つくと、


「私は勇者だ。人に仇なすもの。祖父がかつて戦った魔王や、魔獣であれば、私が討伐することができるし、それが私の義務だ。ただ、人間同士の争いに勇者は決して介入してはならんのだ。」


人間同士の争いに、戦闘のチート能力者である勇者が介入すれば、その陣営は圧倒的な戦力を持つことができる。ただ、そんなことをすれば、勇者を有する陣営が、その世界を制することになってしまい、世界のバランスが崩れる。だから、勇者は絶対不可侵な者として、どの陣営にも与してはならない。


「卿は他の世界から来た者だし、王都にいるとはいえ、ニホンコクに所属する独立陣営だ。私が情報を与えたとしても、特定の者が特をすることはない。という解釈だ。」


「この情報を王に与えるのもよし。このまま黙殺するのもよい。その判断は卿に任せる。」


「わかりました。この世界が良い方向に進むよう、できるだけ、その情報を活用させていただきます。」


その後、いすみはロランから具体的な情報のいくつかを聞き、記録した。

一通りの情報の伝達が終わると、ロランは厳しかった表情を崩す。


「そういうことだが、また仕事があったら声をかけてくれ。魔獣と一人で戦うよりも、ケンチク現場で働いて、そのあと、卿やドワーフ達と酒を飲みながら語り合う方が楽しいのでな。」


勇者ロランは気恥ずかしげに、そんなことを言って、再び、王都の外へ旅立っていった。

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