第68話 提言
ぺぺの工房に赴いたいすみは、長椅子で眠る怜奈を見つけた。
「もう少し、寝かせといてやってくれよ。昨日もろくに寝ないで、王女さんの現場にいたみたいだからさ。」
王宮のゲイアサプライヤ換装工事は、トランテスタ王国の最重要の公共工事であるため、かなりのハイペースで進められている。
それこそ、猫の手も借りたい状況なので、王都だけではなく、アルテ・ギルド手配の職人や、衛星都市からも人手を募る状態になっている。
対して、魔法力の流れの解析や、ゲイアサプライヤ破棄に拘わる〈魔法士〉は圧倒的に不足してしている。
そんなときに、現れたのが、
「アカリやタオからも、事情は聞いてるけどさ。」
ペペは、怜奈の額に手をかざし、やさしく撫でる。
「アタシの耳に入ってくるぐらいなんだから、もう、とっくにこの子の耳に入ってるんだろうね。ちょっと仕事が途切れると、この子、すぐあたしのところに来るんだよ。なんか仕事はないか?って。」
「?」
本来の仕事である、領事館建設の仕事は続行しているし、実際、彼女が来ないので、小林の負担も大きくなっている。
〈仕事がないか?〉とぺぺに訴えているという意味をいすみは計りかねる。
「この子さ、あんたの国では、〈やりたくない仕事〉をずっと無理してやって来たみたいなんだよね。この国に来て、やりたかった仕事が出来て、ホントにうれしいみたいなんだ。」
ぺぺの言葉に、いすみは思い当たるところがあった。
「そりゃ、どこの国でも、食うためには、やりたい仕事だけやってくなんてむずかしいさ。でもさ、好きな仕事をやって、それでやっていくことのできるアテが見えてしまったら、〈やりたくない〉仕事を毎日続けるのって、なかなかしんどいんじゃないのかい?」
いすみは、工務店研鑽会に参加していた、怜奈を華江が連れてきたことを思い出していた。
大手の構造事務所に勤めていたものの、クライアントである、意匠サイドの設計事務所と、トラブルをおこしたため、退職せざるを得なくなり、建築の仕事を求めて、研鑽会に来たところを、華江が連れてきたのだ。
構造事務所に勤めていただけのことはあり、材のひろいだしや、RC躯体の知識を生かして、意匠に拘わる部分。壁厚や、梁のせいなどについても、彼女のおかげで、外注の構造事務所に相談することなく、社内で反映することできた。
ただ、本来の職務である、現場管理や、プレゼン。実施図面の作成については、スキルが伸び悩み、入社してからそれなりの年月がたっているに関わらず、いまだに、単独で現場をこなせないでおり、華江が常にサポートについている。
「異世界の仕事」とはいえ、法規や周辺への配慮等が比較的少なくて済むため、小林のフォローに入ることで、少しでもスキルアップになれば。といすみは思って、この仕事に参加させたのだが・・・。
「あたしが、ヒトサマの会社のやり方に意見するのもおかしいかもしれないけどさ。」
怜奈に毛布をかけ直してやって、ぺぺは続ける。
「この子さ、あんたたちの国に一回帰した方がいいよ。そりゃ、今、この子に抜けられたら、みんな困るかもしれないけどさ、あんたたちの仕事も、こっちの仕事もどっちつかずのままやってたんじゃ、この子つぶれちまうよ。」
「せっかく、これだけの能力と才覚があるのに、つぶれたら、もったいないよ。」
そうですね・・・。
といすみが言いかけたところで、いきなり、怜奈が飛び起きた。
「ペペおばさん!そんなこと言わないでよ!あたしにもっとこっちの仕事をやらせて!構造の仕事をやらせて!お願い!」
いきなり飛び起きた怜奈に、
「アンタ、いつから起きてたんだい?」
かまわず、怜奈は叫び続ける。
「ね!お願い!専務もお願いします。あたし、構造の仕事が好きなの!拾ってくれた専務にも、華さんにも感謝してます!でも、お願いします!」
怜奈は目に涙を浮かべ、必死に二人に訴える。
「落ち着いてください!」
いすみは長椅子から飛び起きようとした怜奈の肩を押さえ、改めて座らせる。
「別に、あなたにこっちの仕事をやるなって言っている訳じゃありません。ウチの仕事をほっておいて、こっちの仕事もオーバーワークじゃ、どうしようもないでしょう。この状況はおかしいでしょう?って言ってるんです!」
いつにない、いすみの口調と表情に、怜奈ははっとして黙りこむ。
「すいません・・・。」
怜奈は下を向いて、長椅子に腰を下ろす。
「そうだよ。どうやって動くか、アンタの親分とちゃんと話して、それからおいで。あたしは、あんたが来るの待ってるからさ。」
「ペペおばさん・・・。」
ぺぺは怜奈を抱きしめ、
「大丈夫だよ。待ってるからさ。あたしは、あんたのことを、一番弟子と思ってるんだからさ。」
「ありがとう・・・。」
ぺぺの抱擁に、怜奈は落ち着きを取り戻す。
「別に、あっちの世界にすぐ帰らなくても大丈夫です。でも、こっちの仕事をまず終わらせましょう。お話しはそれからです。」
「・・・はい。」
いすみの言葉に、虚ろな表情で、怜奈はうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます