第59話 王都のツインベッロ大会2


「レグリンさん!安西先生も長谷部さんもついていながら、なにやってんですか!?」


腰に手を当てて、仁王立ちになって華江がどやしつけているのは、正座してうなだれる、安西、レグリン、長谷部の3人だ。


ここしばらく、華江がいすみに代わって、マイナミ商会を取り仕切っているため、安西をはじめとした男性陣はなんとなく、彼女に頭が上がらない。

160CMそこそこの細身の彼女が、大男3人を正座させて説教しているのは、なかなか滑稽な光景だ。


「まあまあ、華ちゃん。3人とも反省してるみたいだしさ。」


濃い緑のローブをまとった、最近は魔法士がすっかり板についたあかりが華江をいさめる。


「そんなこと言ったってあかりさん。王都の人達とはもめ事を起こすなって、専務にはきつく言われてたじゃないですか。ど~すんですか、この顛末。」


「やればいいじゃない。ツィンベッロ大会?」


「ええ?」


「オトコにはね、戦わなきゃいけない時があるのよ。戦って戦って、ぶっ倒れて、それで友情が生まれるのよ。あ、愛情も生まれると素敵かも!」


「あかりさん、少年漫画脳か、BL脳か、はっきりしてくださいね・・・。」


◇◇◇


大会は1か月後。王都の中央広場に隣接されたスタジアムで開催されることになった。

もとは衛兵隊、マイナミ自警団から10人づつ出場して、勝ち抜き戦を行うはずだったが、開催が発表されると、王都のツィンベッロ選手。ガンボの町の大会で長谷部とレグリンに敗退した者。噂を聞きつけた他国の勇者つわものも加わり、100人越えの選手が参加する規模の大会になってしまった。


当然、仕切るのも、大変で・・・。


「もう!なんであたしがこんなことやんなきゃいけないんですか!」


「まあまあ、こういう仕切りができるのって、マイナミ商会ではハナエしかいないだろ。ほら、大会用のアマルガム持ってきたよ。まあ、これだけ現場が立て込んでる中、こんなに大会用のアマルガム手配させられるほうもたまんないけどさ!」


事務所に顔を出した、メテオスが不満をもらしつつ言う。


大会の仕切りは成り行きで、華江がやることになり、さらに参加者が増えて、規模が大きくなって、なぜか?華江が大会の実行委員会を仕切ることになってしまっていた。


実務のサポートに当たるのはアウグスト。アマルガムの手配や、魔法がらみの勝敗判断の審判長には、メテオスが引っ張り出され、なにかと作業をさせられている。


「ええと、大会に使うアマルガムは、これで全部だけどね。エントリーリストの印刷は、出版ギルドで、窓口はサリエルさん。ああ、予算が足りない。エントリーフィーも取んなきゃ割にあわないよこれ!アウグストさん、華ちゃん。予算面、なんとかしたほうがいいわよ。」


焚き付けた責任の一環として、経理面では、あかりも事務作業を手伝っている。

男連中は格闘の練習と現場で頼りにならない。


いすみは大泉学園町の業務で不在。田尾も永田町で打ち合わせとかで不在のため、大会の事務手続きはあかりとアウグストを中心とした女性陣がやるはめになっている。


「大丈夫です。そのへんは、私が話を通しておきますので。ハナエは各選手へのエントリー手続きと、当日のインフォメーション、進行表を作ってください。

案内と会場設営はドワーフ達を動員します。彼らへの払いは気にしないでください」


「払いって?」


「お仕事としてドワーフ達には支払いを行いますから、人手は心配しないでください。商売になってるんですよこれ。」


開催に当たり、観客の入場料。露店の出展費及び、売り上げの数パーセントを徴収。貴族や王宮からの協賛等で、アルテ・ギルドにとっても、思いがけない収入源となっている。

さらに「トトカルチョかけ」の仕切りもアルテ・ギルドで、かなりの利益が見込めそうなのだ。

トトカルチョの内容は、衛兵か?マイナミ商会か?の団体部門と、個人は誰が勝つかの部門に分かれており、今のところ、7:3でマイナミ自警団。

個人優勝の一番人気は長谷部で、オッズは1.1倍なので、あまり儲けにならないそうだ。


「ちょっとまってください!長谷部さんも出るんですか!」


オッズと、エントリーリストに長谷部の名前を見つけて、華江が驚く。


「そうですよ。王都の衛兵隊の隊長も出るそうです。」


「なんだかなあ・・・。若い衛兵隊員のみなさんと、マイナミ自警団の若手のために始めたんじゃなかったっけ?この大会・・・。ってええええ!」


エントリーリストにさらに驚くべき名前を見つけ、華江は驚く。



◇◇◇



ここは、マイナミ商会裏の「マイナミ自警団」の訓練場。


カンセツ技の練習のため、床は板張りだが、メテオスによる、現場の安全管理のために使っている柔らかい床の応用というべき魔法で、レスリングのマットのような弾力性のあるものになっている。


師範代格のレグリンを筆頭に、若いマイナミ自警団の面々が、長谷部の指示のもと、各々が、メニューに沿ったトレーニングを行っている。

肉体を鍛えるには、筋力トレーニングぐらいしかないこの世界で、ブリッジや柔軟体操の基礎練習。

カンセツを有効に極めるやり方なども、長谷部直伝で教われるため、長谷部がいるときの熱気はすさまじい。


そんななかに、ある人物が現れた。


身長は180CM前後。70歳とは思えない、堂々たる体躯を、青い「シングレット」と呼ばれるレスリングのウェアーに身を包んだその人は、「レスリング日本代表から建築家になった男」と、時折り、メディアに紹介される「安西正孝」だった。


両手を挙げ、軽快なステップを踏む準備運動を終えた安西は、あっけにとられる若い団員の一人を指名した。


「まずは君だ。相手をしてもらおうか。」


安西の経歴を知っているとはいえ、70歳の高齢の安西を心配して、長谷部が答える。


「ちょっと待って下さい。安西先生の経歴は知ってますけど、ここにいる連中は、ガチンコに鍛練してるやつらっすよ。いくらなんでも・・・。」


「問題ない。それとも、君の愛弟子の実力に自信がないのかな?長谷部君。」


挑発するような安西の物言いに、むっとした長谷部は、彼の弟子で、最高の実力者である、レグリンを呼び、小声で指示を出す。


「相手してやれ。ただ、怪我はさせるなよ。」


指名されたレグリンは頷き、安西に相対する。

長谷部は2人の視線が合ったのをすると、


「ベーテン!」


長谷部の試合開始の指示で、二人は組み合う・・・。と思いきや、組み合うと見せかけた安西は、一瞬でバックに回り、腹をクラッチ。

そのまま、反り投げた!


いきなり、天地が逆転したレグリンは、何が起こったかわからず、逆さになったまま、呆然としている。

道場の柔らかい床だからよかったが、路上のファイトだったら、彼は只では済まなかっただろう。


「ば、ばかな・・・。」


いくら体格がいいとはいえ、銀髪の70歳の老人に軽くいなされたレグリンは驚く。


安西はブリッジ姿勢から、足を高く上げ、床の弾力を使って、一気に飛び起きた。

シングレットを整え、次の相手を指名する。


「さて、ウォーミングアップは終わったな。長谷部君。来たまえ。」


・・・・・・


数分後、長谷部は安西に「脇固め」で、左腕を極められ、ギブアップを意味する「タップ」の動作を強いられていた。


ダメージが抜けず、倒れたままの長谷部は、そのまま安西に問いかける。


「安西先生も大会に出るんっすか?」


「出るよ。」


安西は、長谷部に手を貸して立ち上がらせると、道場の一同を見渡す。


「私は王都の衛兵隊チームから出場する。今のままでは、カンセツワザを知らない彼らが不利だろ?彼らを鍛え上げ、君たちにぶつける!」


安西は、決めゼリフとともに、「ビッ」と一同を指差す。


「君たちの力量は大体わかった。当日を楽しみにしているぞ!」


わあはっは。と悪役的な笑い声を残して、安西は去っていった。


◇◇◇


いくら、安西が元日本代表選手だったとしても、70歳の「爺さん」にいなされ、長谷部の自信とプライドは揺らいでいた。

そして、この瞬間、「この世界で最強」を目指す長谷部にとって、安西は絶対に倒しておかねばならない相手になった。


そして、長谷部は、ある人物に指導を仰ぎに行く・・・。


◇◇◇


ということで、長谷部と安西の出場も決定し、二人とも、業務と大会の準備そっちのけで練習に励んでしまっている。

さらに、安西の指導を受けられると聞いた、衛兵隊の隊長も出場を決め、こちらも大会準備に参加するのを放棄・・・。という顛末だったのだ。



話しを一通り聞いた華江は、

「はあああっ!結局、バカな男どもの後始末は、あたしたち女がやることになるんですよねえ・・・。」とつぶやく。


「そうよねえ。」とあかり。


「まったくだよ!」とメテオス。


「同感です。」と一切手を止めることなく、アウグストも同意する。


「あかりさん、今度飲みにいきましょうか・・・?。アウグストさん、メテオスさんも一緒にいきましょうよ?」


「ああ、女だけで行くのもいいもんだろうね。」とメテオス。


アウグストは、今度は手を止めるが、表情は変えずに「ぜひとも。」と答える。

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