第60話 王都のツインベッロ大会-3
「ふええ!こんなに人が集まるなんて。ツィンベッロってそんなに人気あったっけ?」
大会当日。
王都の中央広場に隣接されたスタジアム周辺は、王都の人々は勿論、衛星都市の各所から訪れた人々でごったがえしていた。
王都の人並みに慣れているはずのアウレータも、突然の大観衆の数に驚きをかくせない。
「そうですね。以前、長谷部さんがガンボの町でいろいろと派手なことをやったのが、噂になったのが原因のようで、なんか盛り上がってますね。」
「なるほどね。イスミたちが騒動を巻き起こしてるのは、<ケンチク>」だけじゃないってことね。」
あはは・・・。といすみは苦笑い。
女性陣は大会の運営、男性陣のほとんどは、大会の参加となってしまったため、アウレータの相手は、今回はやることのない、いすみに任されている。
アウレータはいすみを独占できて、うれしそうだ。
「あ、あれ、優勝カップね。お父様がつくってたやつね。すっごい豪華。って、あの2人って!」
アウレータの指差す、王自らが作ったという優勝カップの周辺には、ちょっと異常なくらいの数の群衆が集まり、大歓声が上がっている。
この世界では見ることのできない、青と銀の光沢のついた布地。お腹と胸元が大きく露出し、下半身は下着が見えそうなくらいの短いスカートのコスチュームをまとった、二人の女性が、ポーズをとっていた。
一番視線が集まる胸元には、<P〇NASONI〇>という、某企業名が入っている。
「アラフォーがやることじゃないから、やめとけ。っておれは言ったんだぜ。」
こちらもやることがなくて、手持無沙汰で、ぶらぶらしていた田尾が、優勝カップのかたわらに立つ、あかりを指差して言う。
隣に立つメテオスには、胸や腰のボリュームではかなわないが、スレンダーな長身と、適度にへこんだお腹で、あかりも魅力満点だ。
ミニスカートの下の、長めの光沢ブーツも、ふとももを強調して、なまめかしい。
色白のあかりと、褐色の肌のメテオスの対比も、すさまじく刺激的だ。
我々の世界のイベントだったら、シャッター音が鳴りやまないだろう。
彼女たちがポーズと立ち位置を変えるたび、観衆はヒートアップしていく。
「ねえねえ、タオ。あの衣裳すてきね。アタシも着てみたいなあ!」
「いやいや、アウレータ王女はあんなもん着ちゃいけません!嫁に行けなくなりますよ!」
「アカリは、ヨメに行ってるから、イイの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけどね。」
「いいじゃないか。大会の華になってるよ。」
「・・・向こうの世界からなんか持ちこんで、メテオスとこそこそやってたから、やな予感はしたんだよなあ・・・。今日、あの衣裳を着て現れた時はぶったまげたぜ。」
安西達に続き、あっちの世界からの物品の勝手な持ち込みが横行していることにも、アタマをなやましている支部長の田尾だった。
「そういえば、2人とも最近、食事を減らしたり、なんか体操やってたけど、このためだったんだな。」
「<きっちり仕上がった>そうだけど、人妻のやることじゃねえよなあ・・・。」
さらにヒートアップする観衆を前に、どんどんきわどいポーズをとっていく、2人をながめながら、田尾はため息をついた。
◇◇◇
参加人数が多いので、試合はスタジアムを分割して、行われている。
試合結果は、ガンボの町の試合展開を知っている者と知らない者で、試合内容が違っている。
知らない者で運悪く、マイナミ自警団の選手にあたってしまったものは、ガンボの町の大会で長谷部やレグリンにあたった相手のように、力技で相手を倒そうとしたものは 、カンセツワザでいなされ、手や足が「あさっての方向に」ねじ曲げられ、悲鳴をあげながら退場していくはめになる。
知っているものは「アマルガム」を奪われないように厳重に持ちつつ、距離を取り、相手につかまれないように、タックルや一撃のダメージで勝負をかけようと奮戦する。
だが、フットワークの修練も十分、長谷部に仕込まれている彼らに結局捕まり、勝負がついてしまう。
試合内容が違っても、結果は変わらないのだが・・・。
そして、試合は進み、この大会の目的であった、マイナミ自警団と衛兵の戦いが繰り広げられ、今まではまったくマイナミ自警団に敵わなかった衛兵隊が安西に鍛えられた結果、マイナミ自警団と対等に戦い、五分の勝敗になっていくことに観衆は驚き、熱狂する。
そして、準決勝は安西対レグリン。今回の騒動の原因となった、レグリンと乱闘になった隊員の彼。対長谷部というカードになった。
この大会の趣旨を考えれば、決勝戦のカードは、若い2人で行われるのが当然・・・。のはずだが、試合開始と同時に、叩きのめされた若い二人が地面に横たわっていた。
ガンボの町と同様の結果に、華江やアウレータはあきれ、田尾は「まあ、もう驚かんよ。」と醒めた感想を呟く。
◇◇◇
決勝戦。対峙する二人が、スタジアムの中央へ歩み寄り、観衆の歓声は頂点に達する。
「私たちの戦いには、これは不要だな。」
安西がふところの<アマルガム>を取り出し、投げ捨てた。
うなずいた長谷部も、アマルガムを投げ捨てる。
「おお!2人とも魔法力なしの肉弾戦で勝負するつもりだ!」
「すっげえ!さすが、
観衆の目には、肉体だけの戦いを行うような印象に取れ、かっこよく映っているようだが、
「二人とも魔法を使えないだけなんですけどね。」
主宰者席に座る華江がつぶやく。
「
試合開始と同時に、2人はがっちり組み合う。
安西が体勢をひっくり返そうと、バックに回ろうとするが、長谷部はびくともしない。
「やるな。長谷部君。下半身の安定が、こないだとは段違いだ。」
「安西先生のような達人とやり合うのには、基本が大事だってことが改めてわかりましたからね。下半身は徹底的に強化しましたっす!。」
「でも、そんな付け焼刃では、通用しない!」
安西の一瞬のフェイントで長谷部の力の方向が抜けたところで、一気に安西はバックに回った。
<しまった!>と長谷部が思った時には、腹の前で両手をクラッチされ、彼は安西のブリッジの回転軸の外に存在する、ウェイトと化してしまっていた!
ズン・・・!
そのまま、肩口から地面にたたきつけられる。
数秒のブリッジのあと、悠々と安西は立ち上がる。
「勝者アンザ・・・・!」
審判が安西の勝利を宣言しようとした瞬間、長谷部が、タイガーマスク張りの<ヘッドスプリング>で、飛び上がるように起き上がった。
「確実に決まったはずなのだが!」
立ち上がった長谷部が、優勝カップの傍らのメテオスにサムズアップを送る。
メテオスもサムズアップで返す。
「・・・肉体強化魔法か!」
「いすみ専務も言ってましたよ。<なにごとも、その場所その場所で、ベターな方法を選択すればいい>ってね。それは建築に限らず、格闘でも同じっすよ。肉体強化魔法が使える世界なら、使うにしたことがないっす。」
「基本の強化+肉体強化魔法で、今の俺は最強っすよ!」
「メテオス君がブレーンか・・・。これは、ちょっと長引きそうだな。」
◇◇◇
安西が抜群の動きで大技を仕掛け、3回に1回は決まるが、その都度、長谷部の肉体強化魔法で跳ね返されてしまう。
長谷部も飛びつき十字や、安西が倒れたすきに仕掛けるスピニングトゥホールド等のプロレス技を仕掛けるが、安西の肉体の抜群の柔軟性で、決定打には至らない。
二人の戦いに観衆は大盛り上がりだ。
◇◇◇
「・・・・なあ、ふと思ったんだがな。」
敗れた選手たちが集う、選手詰め所で、王都の衛兵の一人がつぶやく。
「この大会って、俺らのカタつけるのが、目的だったんだよなあ・・・。」
マイナミ自警団の若者もつぶやく。
「・・・俺たち、忘れられてね?」
「主役はもう、あの二人ジャン・・・。」
熱戦が繰り広げられる、スタジアム内と、観衆の熱狂に対して、冷め切った選手詰所。
「はあ、もういいか・・・。」
「そうだな。飲みに行くか。」
「今なら空いてるだろうし。」
「あの二人の試合が終わったら、混んでくるだろうしな。」
マイナミ自警団と王都の衛兵の面々は、お互いの健闘をたたえあい、<
◇◇◇
長期戦になれば、体力で勝てる。と考えていた長谷部だが、思った以上の肉体強化魔法の多用で、魔法力の使い過ぎによる体力のハンガーノックのような状態に陥っていた。
視界がせばまり、手足が重い。
安西は年齢から来る、肉体の衰えで、技術で試合を推し進めていくのも限界に達していた。たびたび、長谷部の背後に回って、クラッチを取るが、ブリッジを行う体力がもう残っていない。
「「次で決めないとやばい」」
同様の状態で、同じことを考えた2人は、距離を取った。
ともに相手の出方を伺うように、円を描くように歩く。
二人の歩調に合わせ、陸上競技のように、観衆が手拍子ではやし立てる。
「次で、決着がつく・・・。」
観衆は2人から目が離せない。
と、しばしの動作停止の後、2人同時にダッシュ!
一気に安西の後ろに回った長谷部が、安西のお株を奪うように、バックに回る!
長谷部の意図に気づいた安西が、フットワークでクラッチを阻もうとする!
だが、最後の力を振り絞り、長谷部が安西の動きに見事に追従!
安西の回避はすでに遅し!
長谷部のクラッチが、安西のヘソの上にがっちり決まってしまっていた!
「・・・・・!」
視界の隅の絶望的な光景に愕然としつつも、最後の抵抗を試みる安西だが、もう、彼に、長谷部のリフトに抗う力は残っていなかった・・・!
ズ・ズ・ズン!!!
・・・強化魔法は使えず、防御することもできずに、長谷部渾身のバスターを食らった安西に、もう立ち上がる力は残っていない!
長谷部のホールドを解かれた安西は、反り投げられた状態から、しばらくそのままの体勢で動かなかった。
・・・そして、数刻の後、彼の長い脚が、ゆっくりと地面に倒れこんでいく・・・。
目をかっと見開いたまま、大の字に倒れた安西は、もう、立ち上がることができなくなっていた・・・。
「安西先生、いい試合だったっす!」
長谷部が倒れたままの安西に手を貸す。
「完敗だ。さすがは百人殺しのハセベだな・・・。」
安西が長谷部の手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
2人の美しい決着の光景に、観衆も熱狂する。
「すごい試合だった!」
「この試合を見られた自分は幸せ者だ!」
「アンザイもよくやった!」
審判が長谷部の手をとり、勝者宣言をしようとしたところ・・・。
「ちょっと待った!」
大会クィーン兼(?)魔法審判委員長のメテオスがスタジアムに現れた。
茶褐色のスタジアムの地面と、青白の原色の刺激的なコスチュームの対比が、神々しいような存在感を放っている。
メテオスは、つかつかとスタジアムの中央に進むと、試合序盤で2人が投げ捨てた、2つの<アマルガム>を拾い上げ、両手で頭上に掲げる。
ひとつは熱戦の間に砕かれたのか、半分に折れてしまっている。
ひとつは原型をとどめている。
「さて、格闘で勝ったのはハセベだが、見ての通り、アマルガムのひとつは砕かれている。」
良く通る声でメテオスが宣言する。
「・・・なるほど。砕かれていたのがハセベのアマルガムだったら、アンザイの勝利だな。」
「おい、どっちのアマルガムが壊れてるんだ?」
観衆がざわつき始める。
アマルガムには、試合前に自分の名前や、印を書いておくのが慣習なので、それを確認すればいい。
メテオスが2つのアマルガムを見るが・・・。
「2つとも名前が書かれて・・・、いない・・・!」
「ええええ!」
メテオスの宣言に、観衆が一斉に驚きの声を上げる。
「2人とも、どういうことだい?」
メテオスが二人に問いかける。
「いやあ。どうせ、魔法力の勝負は関係ないと思ったから、書かなかったんっすよね。」
「序盤で投げ捨てるつもりだったから、いらないかと・・・。」
気恥ずかしげに話す2人に、メテオスが怒鳴り付ける。
「なにやってんのさ!まったく!」
「おい、じゃあ勝敗はどうなるんだ?」
「ノックアウトしたんだから、ハセベの勝ちだろ?」
「いや、砕けたアマルガムが、ハセベのだったら、ノックアウトの前に砕けてたんだから、アンザイの勝利だろ?」
会場は騒然となる。
「二人とも何やってんだか。」
きわどい衣裳を着ているのを忘れ、この世界の発泡酒を口にしながら、特設シートのうえで、あられもない体勢になって、まわりの観衆の目を楽しませているあかりがつぶやく。
「あかりさん、そんなに脚上げないで! ナカみえちゃいますよ。
もう!そんなに前にかがまない!ムネがあ!ムネが見えちゃいます!
ああ、もう、なんで、あたしのまわりってこんなことばっかり!メテオスさん!サッサと 〆てください!!」
実質、大会実行委員長の華江が、あかりの大事なところをおさえつつ、メテオスに催促を送る。
協議を終えたメテオスが、改めて、観衆の前に歩みでる。
「審判団の見解を発表する。」
「試合結果は・・・。」
「引き分け!」
◇◇◇
アマルガムに名前を書かないのが、ルール違反であれば、繰り上がりで準決勝の勝者の2人の勝者ということになるが、そんなルールはなく、どっちがどっちのアマルガムかの検証もやってみたがわからず、結局、引き分けという判断となった。
なんとも、消化不良な試合結果ではあったが、熱戦を繰り広げた2人とクィーンの2人。表彰台に上った王の5人でカップを掲げ、「またやろう!」宣言で大会は大盛り上がりで幕を閉じた。
「いやあ、長谷部君。いい試合だった。」
「安西先生こそ、また、やりましょう!」
「アカリ!メテオス!もっとこっちむいてくれええ!おお!後ろ向きもいいぞおお!!」
「ねえねえ、イスミ。次は、アタシがあの衣裳着る!お父様!いいでしょう!」
「ふふふ。なかなかの
「いろいろあったが、もう、俺たちは仲間だ!一緒に王都の治安を守って行こう!」
「おうよ!よろしくたのむぜ!」
様々な思惑やわだかまりが、一気にまとまり、王都のツィンベッロ大会は最高のフィナーレを迎えた。
・・・はずだったが。
◇◇◇
盛り上がる会場とは対照的に、スタジアムの仮事務室で、山のような書類に埋もれた華江が叫ぶ。
「あたしはもう、2度とやりませんからねえええ!!」
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