第57話 王女アウレータ-4
「ラジオ体操だいいちー!」
澄んだ少女の声が、早朝の王都に響き渡った。
王女アウレータの指揮のもと、今日もマイナミ商会の現場の朝の恒例行事。<ラジオ体操>が開始された。
「身体をねじるうんどう~!」
アウレータはドワーフ達が作った台の上に乗り、腰をひねる運動を行っている。
上半身をねじるたび、三つ編みにした紫がかった銀髪が揺れ、あどけなさのなかにも、気品を感じさせる動作になっている。
「体を斜め下に曲げ、胸をそらすうんどう~!」
このラジオ体操のBGMは、ドワーフの武骨な掛け声ではなく、ポピュレティアと呼ばれる、鍵盤と弦のついた、我々の世界のアコーディオンのような楽器で演奏されている。
演奏者もアウレータの動きにあわせて、リズムを取る。
「腕を振って、脚を曲げ伸ばすうんどう~!」
アウレータの着ている作業用の服は、彼女の好む碧い色の生地を使って作られている。
王族専属のお針子によると、アウレータの作業着を作っていることを聞いたマイナミイスミが、自分の国の作業着を<製作の参考に。>と持ってきてくれたそうだ。その際、「私は作業着を選ぶのが得意なのですよ。」と言って、意匠とサイズを決めてくれたらしい。
マイナミイスミのデザインしてくれた服だと思うと、袖に腕を通すたびに、毎朝、少女の胸の鼓動は早くなる。
「最後にしんこきゅう~。」
腕を前から上、斜めに開きながら、ゆっくりと息を吸う。
腕を横から下ろしながら、息をゆっくりと吐く。
この動作を4回繰り返す・・・。
「今日も一日がんばりましょう!」とアウレータが叫ぶと、
「はい!」という、声が上がり、一斉にアウレータの立っている台をめがけて、人々が集まってくる。
「王女様!僕、今日から文字書き取りの勉強を始めるんだよ」
「そう!よかったわねえ!しっかり勉強するのよ!」
仮設テーブルの上で、アウレータは、少年の差し出した<スタンプカード>に判を捺す。
「王女様、今日のお昼は具だくさんきのこのスープと揚げパンでいいかい?」
「それでいいわ!揚げパンは2つね。それと、甘味料はたっぷりと!」
現場近くの食堂のおばさんに、スタンプを捺しつつ、今日のランチのオーダーをしておく。
「王女様、これでスタンプカードの欄が全部埋まったぜ!」
「あら、おめでとう。じゃあ、これを持って、マイナミ商会に行ってね。タオかハナエに渡せば、今週は<ルーチェ>の料理一品分の券がもらえるわよ。」
ガンボの町で大好評だったラジオ体操は、王都でも現場があるたびに行われている。
ガンボの町で田尾が言っていた<スタンプカード>も採用し、スタンプカードがスタンプで全部埋まると、王都のあちこちの食堂や店舗で特典サービスが受けられるとあって、王都の人々はマイナミ商会の現場を毎朝探し回るような状態になっており、スポンサーの商店も店の宣伝と集客効果があがるということで大好評だ。
さらに、新しく現れた体操のお姉さん。碧い作業着に包まれたアウレータ王女の、可憐に体操を行う姿が大好評で、彼女見たさに、さらなるラジオ体操ブームが巻き起こっていた。
「王女が来る前はアタシが一番人気だったんだけどなあ。」
アウレータが来る前の、お色気体操おねえさんのメテオスは、<大きいオトコのお友達>には、大人気だったが、少年少女の親御さんには、不評だった・・・とか。
◇◇◇
ラジオ体操が終わると、アウレータは現場作業にかかる。
今日は基礎の高さ確認と、できるだけのアマルガム積みだ。
アウレータは4番の番号がついた、透明チューブを積みかけのアマルガムの外周の<遣り方>の板に括り付ける。
チューブの先を、水を満たした桶に入れ、反対側の先端を口にくわえ、チューブ全体に水がいきわたるように吸っていく。
顔を真っ赤にして吸いだすが、10M以上もある、それなりに太いチューブの水は12歳の少女の肺活量ではなかなか通らない。
「王女様、大丈夫ですか?俺が変わりますよ。」
なかなか吸いきれない王女を見かねて、若いドワーフが声をかける。
「大丈夫。もう少しだから・・・。」
奮闘の末、チューブ全体に水がいきわたり、水が抜けないよう、口から離したチューブの先端を細い親指の腹で抑える。
ドヤ顔でこっちを向いて微笑む王女の笑顔に、若いドワーフ達はメロメロだ。
高さを決めたところで、アマルガム積みを開始する。
<役物>はよいが、メインどころのアマルガムは重く、これも王女は悪戦苦闘だ。
「シェーデルさん、アマルガムの高さはこの印まででいいのよね。」
困難な作業の最中でも、アウレータは知識の吸収と確認を怠らない。
これはあくまでも、<実地研修>ということをアウレータは忘れていない。
「そうです。さきほど置いた基礎の角部分、<カネ>の取り方は分かっていますよね。
「わかってるわ。<ピタゴラスの定理>の応用よね。オオガネをアタシも作ってみたんだけど、これでいいのかしら?<比率>がわかれば、角度は同じはずだから、これでいいと思うんだけど・・・。」
王女の作った、通常の1.5倍ほどの大きさのオオガネをシェーデルは確認する。
「大丈夫です。王女様。この現場のアマルガムはちょっと荒れ気味ですから、大き目のこのオオガネを使わせていただきます。」
王女は嬉しそうに微笑む。
夕暮れまで彼女の現場作業は続く・・・。
◇◇◇
「ふええええ。疲れたあ。どんだけやっても現場作業はしんどいわ。なかなか慣れないわあ・・・!」
マイナミ商会の社屋に帰ってきたアウレータは王女の威厳もなく、1階の大テーブルにつっぷして、へたり込む。
アウレータは現場研修ということで、4回の講義のうち、2回は現場に行くようになっていた。
王宮での専属教師の勉強もあるのだが、それがない日は、なるべく現場に行くようにしている。
「どうぞ、王女。」
華江が果実入りの飲料をアウレータに差し出す。
彼女の好みのライムのような甘い香りの飲料だ。例の<刺激臭の強いお茶>は、彼女はまだ飲むことができない。
当人曰く<飲めるわよ!>と強がってはいるのだが・・・。
「ありがとうハナエ。」
アウレータはそれを一気に飲み干す。
「あれが、あのツンケン王女さまとはね。」
吹き抜けの上の自分の製図スペースから、安西が王女を見下ろして言う。
「もともと頭はいいですし、素直な
田尾が安西の言を受ける。
「そうだな。今は現場の評判もいいし、知識も俺らに匹敵するぐらい備えている。なんなら、俺たちの世界に連れて行って、ウチの事務所に雇いたいぐらいだよ。彼女なら、俺らの世界の建築知識もあっという間に覚えるんじゃないか?」
「おっと、田尾君、王女様の
打ち合わせから帰ってきたいすみが、アウレータに声をかけていた。
「お疲れ様です。王女様。今日の現場はどうでしたか?」
「ま、まあ、もう大丈夫よ。現場仕事って、慣れるものね。明日はもう一つくらい現場を回れるかもしれないわよ。ちっとも疲れてなんかいないんだから!」
さっきまでの王女らしからぬ醜態を目にしていた華江が苦笑いをいすみに向ける。
「そうですか。今日は基礎高の確認をやったそうですが、あさっては上棟作業があります。それに行くことはできますか?」
「ジョウトウが見られるのね?」
アウレータは嬉しそうに、身を起こす。
「アタシ、カリュクスの門型フレームが立ち上がるのをずっと見たかったのよ!たのしみだわあ!!門型フレームのピン部分の固定魔法式を見ることってできるのかしら?」
「はい、あさっても見ることはできますし、すでに加工が終わって、作業場に置いてあります。いらっしゃるのであれば、あかりさんに言っておきますので、ぜひ、見ていってください。」
「ほんとう!うれしい!」
素直に喜ぶアウレータの笑顔は、年相応の少女で、初めて会ったころのつんけんした感じとはまったく違う。
ふと、なにかを思いついたように表情を曇らせて、アウレータがいすみに言う。
「ねえ、もう、アタシがここに来てずいぶん経つわよね。」
「そうですね。」
「それなのに、マイナミイスミはアタシのことを未だに<王女様>っていうのよね。」
「それは・・・。王女様ですから。」
「あのね、もう、アタシはあなた達の仲間のつもりなの。確かに王女ではあるけど、<アンタ>と接するときは、<マイナミ商会>の一員だと思ってる。」
腰に両手をあてて、アウレータがいすみを見上げて抗議する。
なにごとか?と廻りのスタッフも二人の動向を見守る。
「だからね、アタシのことは、<王女様>じゃなくて、<アウレータ>って呼んでほしいの。ご、誤解しないでよ。別に、アンタに特別に、名前で呼んでほしいわけじゃないし、アタシのことを、王女じゃなくて、1人のオンナノコとして見てほしい。なんてことじゃないのよ!あくまで仲間!そう、仲間として、<アンタ>にアタシを<アウレータ>って呼んでほしいだけなんだから!」
いすみはちょっと考えて、
「わかりました。<アウレータ>。恐れ多いですが、これからはそう呼ばせていただきます。」
ボっと顔を赤くするアウレータ。
「わ、わかればいいのよ。じゃあ、アタシも、これからは<イスミ>って呼ぶわね。イイかしら?」
「それで結構です。じゃあ、ドワーフさん達やみんなにも、<アウレータ>って呼ぶように言っておきますね。」
「「「っておい!違うだろうが!
いすみとアウレータの会話を聞いていた一同から一斉にツッコミが入る。
12歳の少女が、せいいっぱいの勇気を振り絞って、行った<お願い>を一気にぶっ飛ばしたいすみに、スタッフ一同が一斉に抗議の声をあげる。
「・・・もう!知らない。アタシ、今日はもう帰る!!」
アウレータは商会の建物を飛び出し、王宮に帰って行った。
彼女を見送ったいすみが、自分をにらみつける一同を振り返る。
「どうしたんですかね?王女様?」
「今のは専務が悪いです。」と華江。
「乙女の純情踏みにじってからに・・・。」とあかり。
「これだから、<イケメン>ていうのはだめなんだよな。」とメテオス。
「いすみくん、ちょっとあとで話そうか。」と安西。
「昔から知ってたけど、そういうとこ、改めた方がいいぞ。お前。」と田尾。
いすみに振り回される新たな女性の出現。
それが、今回は純情可憐な12歳の少女であることが、マイナミ商会職員一同の怒りを買った夜だった。
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