第56話 王女アウレータ-3
アウレータは、自分の工房で思考をめぐらす。
魔法士の勉強を始めたのは、7歳のときだった。
もともと、魔法に興味があったわけではなく、王を継ぐ前の父親が、工房でなにかをつくったり、外で力仕事をしているのを見るのが好きで、見学や出入りで作業員や魔法士と付き合っているうちに、学問としての魔法士修行を始めたのだ。
そして、アウレータは「天才」だった。
ゲイアサプライヤを作用させるための呪文詠唱はもちろん、アマルガムに書くための術式、設計のための図面書きや防水の魔法や、建物を建てるための知識や実務を、12歳で極めてしまった。
そして、向学心に燃えるアウレータは王に求める。
もっと、高度な知識を得たい。王のように、建物を建てたり、魔法を使ったモノづくりをしてみたい。
そこに現れたのがマイナミ商会だった。
別に、講師や、マイナミイスミのやり方に不満があるわけではない。でも、やはりドワーフや一般庶民と仕事をすることには抵抗がある・・・。
でも、あのアウグストの言葉。
そうだ、わかっている。今、自分が学んでいる知識や技術は、この国ではとてつもなく貴重なものだ。
本来ならば、この国の者が得ることができない知識を自分だけが学んでいるのだ。
あの、アウグストの羨望と嫉妬の入り混じった視線がそれを物語っているし、彼女に言われなくても、本当はわかっていた。
「アウレータ様。よろしいでしょうか?」
御付きの者が、部屋の外から声をかける。
「なに?」
「マイナミ商会の者が、面会を求めているのですが・・・。」
今日、帰ってしまったことを怒って、マイナミイスミが来たのだろうか・・・。
それとも、もう、来なくてよい。と王と話をつけてから、来たのか・・・。
複雑な思いではあるが、マイナミイスミ達や、マイナミ商会の面々と学べなくなるのは、たまらなく悲しい。
「よし!」
アウレータは決意して「通して!」とお付のものに命令する。
身支度を整えると、ドアが叩かれた。
「入りなさい。」
アウレータが答えると、来訪した人物が入ってきた。
人影が見えたと同時に、頭を下げて、彼女は釈明する。
「マイナミイスミ!あのね、あなたたちが嫌いなわけじゃなくてね。勉強がだめなわけじゃなくてね、ああ、今日のことはあやまるから、もう、来るななんて言わないで!!」
「アウレータ王女?」
「へ?」
野太い声に顔を上げると、そこには、マイナミ商会常駐支社長、田尾信二が立っていた。
◇◇◇
田尾と対面して、アウレータはバツが悪い。
マイナミイスミもマイナミイスミだ。なんで、自分で来ないで、タオをよこすのか?
もしかして、やっぱり見捨てられた?
くるくる変わる、アウレータの表情を見て、
「今日は途中で帰られたそうですが、当方になにか、不手際がございましたでしょうか?」
なにごともなかったかのように、田尾がアウレータに話しかける。
「べ、別に不手際はないけど・・・」
アウレータは渋々答える。
「そうですか。ならよかった、明日もみんなお待ちしてますから。」
にこやかに田尾が言って席を立つ。
「ちょっとちょっと待ってよ!それだけ?アタシはドワーフ達にさんざん文句言って帰ったのに!現場のみんなは怒ってないの?」
田尾は振り返り、
「ええ、みんな怒っていませんよ。あなたの学ぼうという姿勢に関しては、みな、敬意をはらってますし、いくらでも協力するつもりです。」
「ただ・・・。」
改めて、田尾がアウレータの瞳を覗き込む。
田尾はその太い体を折り曲げ、アウレータと同じ高さに視線を合わす。
その瞳の圧迫感に彼女はたじろぐ。
「ドワーフのやつらとか、現場や自警団の連中にも、ちょっとでいいので、気を向けてやってください。
俺たちはこの世界に来て、日が浅いんですけどね、あなたにああいう態度を取られると、あいつらは気の毒だ。」
アウレータはなんのことかわからない。
「あなたも見たでしょう?俺たちの現場にいるドワーフ達はみな優秀だ。魔法は使えないけど、ケンチクの知識も技術もみんな抜群だ。」
「でも、あなたが、あんな態度をとったように、普通のドワーフ達はこの国では下賤な存在のようですね、それは知識や技術がないからではなく、学べば、やつらのように、立派になれるのに、学んで、経験する機会がないからです。彼らも俺たちの現場に来る前は、人間たちにあざけられ、食うや食わずの生活をしていた。あなたにああいう態度を取られると、やつらはせっかく忘れたあのころのことを思い出しちまう。」
「・・・。」
「ドワーフや魔法を使えない若いモンでも、ああやって学ぶ場所と<機会>を与えてやれば、現場で役に立つし、経験すれば、読み書きも知識も使えるようになる。」
「おれはいすみとは20年以上の付き合いがあるからわかるんですがね、あいつはあなたに、そんなドワーフ達に会って。会うだけじゃなくて、一緒に仕事をして、彼らの優秀さとか、勉強や実践の場を与えれば、ああなることを見てもらいたかったんじゃないかな?
でも、あいつはそういうことを説明としては決して言わない。王女もアウグストから聞きましたよね。俺たちの現場は
田尾は、おどけた表情でアウレータにやさしく語りかける。
現場で見かけたドワーフやイスミ達の作業する手元を必死で見つめる、若い魔法士やギルドの面々の真剣な表情をアウレータは思い出す。
「人様のお国のことについて、俺なんかがこんなことを言うのは筋違いかもしれないけどね、アウレータ王女。あいつらが学んで、それで身に着けた技術を駆使して、働いた分だけ、いい家に住めて、うまいもん食えて、毎日、笑っていられる世の中をつくってくださいよ。
アナタの政治上のポジションがどのくらいか、よそ者の俺は知らないけど、いすみがあなたに言いたかったこと。考えてもらいたかったことは、そのへんじゃないかな。多分、いすみにあなたを預けた王様の考えも、そうなんじゃないかな?。
だから、いすみはあなたには特別に、俺たちの技術を直接、教えてるんじゃないかと思う。」
「アウグストになんか言われてたみたいだけど、一度、身に着けてしまえば、それはあなたの知識と技術だ。それをどう使おうが、それはあなたの自由だ。自分一人で秘匿するなり、<国のために>使うなり、自由にすればいいんですがね。」
「でも、現場で逢った連中のことを。連中がやってることを忘れないで、その知識をいいように使ってくださいな。」
大柄な体をアウレータの身長にあわせて、くりくりとした瞳で、アウレータに微笑みながら、田尾は一気に話し続けた。
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