第55話 王女アウレータ-2
トランテスタ王国。第三王女アウレータは、いすみの指示通りの時間に、マイナミ商会に向っていた。
いけすかない連中だが、<ケンチク>の新たな知識を得られることは、常に知識に飢えているアウレータにとっては魅力的だ。それに、あのマイナミ・イスミと一緒に・・・。
端正な顔立ちと、高貴な立ち振る舞いの彼の容貌が浮かんでくると、無意識に顔が赤らんでしまう。
下世話な考えが浮かんだ王女だが、そんな考えをアタマを振って打ち消す。
<別にあのオトコと一緒に居られることがうれしくて、来たわけじゃないんだから!
アタシは新しい知識を身に着けて、お父様のお役に立つために!王国のためにやることなんだから!>
お付きの者を従え、マイナミ商会へ向う。
彼らを商会の建物の前で待たせ、うきうきとマイナミ商会社屋に入って行く。
「王女が来たわよ!マイナミ・イスミはどこかしら?」
勢い良く扉を開いて、時間通りに現れたアウレータを華江が迎える。
「ようこそ、おいでいただきました。アウレータ王女。こちらでお待ちいただくよう、マイナミ・イスミの指示を受けています。」
華江が設計室のひとつに、アウレータを案内する。
「そう!じゃあ、待たせてもらうわね。」
さて、どんなことを教えてもらえるのかしら。
そういえば、今日はマイナミ・イスミと二人で講義ね。どんな女性が好みなのかしら?
第2王子ってことだけど、お国ではさぞ、もてたんでしょうね。もしかしたら、
でも、アタシだって王女だし、マイナミ・イスミもきっとまんざらじゃないはずよ。
・・・さっきまでの、虚勢はどっかにいって、乙女脳全開のアウレータの待つ設計室に、<今日の講師>が姿を現した。
「お初にお目にかかります。王女アウレータ。マイナミ商会で、<トウリョウ>をやっております、シェーデルと申します。今日は、私があなたに講義を行わせていただきます。」
◇◇◇
「どういうことよ!アタシにドワーフごときから、学べっていうの?アタシが第三王女だからって、バカにしてるの!」
ドワーフであるシェーデルが講師だと知ったアウレータは即刻席を立ち、王宮へ帰ってしまった。
その上でいすみを呼び出し、抗議をぶつけている。
「いえ、バカになどしていません。
私はあなたに知識を与えるのに、最高の講師を選んだつもりです。」
「あ、あたしに対する最高の講師が、ドワーフだっていうの?最高の講師だっていうんなら・・・。」
アウレータは、いすみを指差し、
「あ、アンタがやるべきでしょ!お父様に、そう頼まれたんじゃないの!?」
「そうです。王にはそのように依頼を受けました。そして、私が選んだ講師が、今日、王女がお会いになった彼。<シェーデル>です。」
「彼は、王に依頼されたような知識をあなたに授けるには、最高の講師です。彼が講師を務めることについては、王の許可もいただいております。」
「お父様が?ドワーフを講師にすることを許した?」
「はい。お父様と<直接>お話をさせていただき、決定した講師が彼です。」
「その通りだよ、アウレータ」
いつの間にか、王が王女の部屋を訪れていた。
本当に腰の軽い王様だ。
「私がイスミと話して決めた講師だ。きちんとマイナミ商会に通うように。」
「でも、お父様・・・。」
「それがいやであれば、今以上の知識を得ることは不可能だ。お前がこれ以上の知識を得たいのであれば、まずはイスミに従うことだ。」
「・・・・。」
王の言葉に、アウレータは反論することができない。
結局、彼女はシェーデルの講義を受けることとなった。
◇◇◇
最初はいやいやながらも、アウレータはマイナミ商会にきちんと通った。
実際、シェーデルの講義は、根本的に考えたこともない知識や、魔法を活用する、今までとは違った方面からの利用アプローチ。それを活用した工法論にも及び、聞いたことのない知識の洪水に、アウレータは埋没しそうになっていた。
その次には、メテオスという魔法士による、アマルガムへの魔法術式の有効な刻み方。小出力のサプライヤであっても、強度を保つための聞いたことのない魔法術式展開式の講義。
ぺぺという女商会長による、カリュクス製の門型フレームと、<
アカリによる、イスミが我々の世界で構築した構造計算ソフトによる、この世界ではイレギュラーそのものなカリュクスとアマルガムの構造計算式。
タオとハナエによる、現場の運営法といったことにも講義は進む。
彼女は講義がない日にも、得た知識の整理と確認。各講師から提示される課題の消化に忙殺される日々を送ることになった。
一通り基本的な座学が済むと、次は現場の研修に移った。
着なれたドレスを脱ぎ、渡された作業着に着替えると、現場へ赴く。
講義で聞いた、魔法に頼らない「カネ」の出し方、基準の出し方。「ピタゴラスの定理」をベースにした、基準値を出して、魔法を使わず。ある程度の形状を整えてから、ようやく魔法力を使うといった、アウレータが学んだことのない現場実技が次々に目の前で行われていた。
そして、<マイナミ商会>の現場では、王女だからと言って、見ているだけ。というのは許されない。
測量はもちろん、アマルガムの積み上げ。蒸着材の扱いの練習。
カリュクスの木の固定のための釘打ち等、匙より重いものを持ったことがない、彼女にはハードすぎる作業が続く。
そして、決して不敬な態度はとらないが、アウレータに作業の指示をするのはドワーフ達だ。
しかも、あの<シェーデル>という、アウレータも一目置くドワーフではなく、若い、通常であれば、自分と目を合わせることすらできないようなドワーフに、作業の指示をされるのだ。
それは今まで、誰かに行動の指示をされたことのない王女には耐えられないものだった。
王女は2日目に、早くも根を上げた。
「こんな作業はアタシのやる作業じゃないわよ!これこそ、ドワーフとか、魔法の使えない下賤な者がやるものでしょう!」
そういって、アウレータは、ふてくされて、現場に備え付けられている詰所にこもってしまった。
<王女の抗議があっても、簡単には王宮には帰らせないように。>
と王の指示を受けているお付の者は、どうしていいかわからず、詰所の外でおろおろするばかりだ。
「もう!バカにしないでほしいわ。そりゃ、シェーデルも、他の連中の知識や技術がすごいのは、認めるわよ。でも、こんな作業をアタシがやる必要はないでしょ!帰ったら、お父様から文句言ってやるわ!」
ぶつぶつ不平を垂れ流す、アウレータの言葉を黙って聞いていた、詰所の人影が口を開いた。
「・・・王女アウレータ。」
アウレータに声をかけたのは、詰所で事務作業をしていたアウグストだった。
「あなたはイスミ達のやり方に不満を持っているようですが、私たちはあなたがうらやましいですよ。」
「うらやましいですって?!」
「そうです。私たちは、マイナミ商会と付き合いだして、そこそこ年月が経ちますが、あなたのように、座学や、手取り足取り技術を教えてもらったことは一度たりともありません。」
「彼らの国には〈知識は見て盗め〉という風習があるため、直接教えてもらうことはできません。
そのせいで、我々はたったひとつの知識を得るのにも、大変な時間を擁しています。」
振り返りもせず、デスクに向かったまま、彼女はアウレータに話し続ける。
「確かにその分、身に着いた知識は決して消えないように身に付きますが、我々が1ヶ月かけてようやく得ることのできる知識を、あなたは数分で得ることができる。こんなうらやましいことはありません・・・。」
「イスミのやり方に不満があるなら、すぐにでもやめればよいのです。皆はあなたに気を使って言いませんが、あなたの置かれている<学ぶ立場>になりたいものはウチのギルドだけでも数十人ではききません。
最近では、衛星都市からも、彼らの技術を取得しようと、噂を聞いたたくさんの者たちが来訪しますが、イスミが許すのは、あくまで働きながらの<見て盗め>だけなので、作業をするものとして、加入することは許しますが、あなたのように直接教えることは、決してしませんし、許しません。」
<見て盗め>に振り回されて、散々、苦労してきたアウグストの言葉の重みにアウレータは黙るしかない。
そういえば、現場でも講義室でも、たくさんの視線が自分に浴びせられていた。
あれは、王女である自分への羨望のまなざしかともその時は思ったが、今思えば、そんなことはなかった。
ドアの外や、窓の外にはりついて、講義の文言や、板書された図式を必死に書きつけている者も、一人や二人ではなかった。
「私もあなたがうらやましいです。あなたは、自分の得られた境遇にもっと感謝すべきなのですよ。」
一呼吸おいて、アウグストは振り返り、アウレータの碧い瞳を見据える。
嫉妬と羨望のいり混じっている熱い思いを秘めた、冷静な言葉と鋭い翠眼の視線に乗せて、アウレータを射抜く。
その視線と言葉に秘められた凄みに、王女アウレータはなにも言い返すことができない。
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