第54話 王女アウレータ

「と言うわけで、彼女がアウレータ王女です。」


衛兵とともにマイナミ商会にやってきたアウレータを、いすみが皆に紹介する。


「ちょっと待ってちょっと!専務が王宮に連れていかれたっていうから、現場からすっ飛んで戻って来たのに、なに?この銀髪ロリ美少女は?」


あかりがアウレータを前に、いすみに言う。


「預けられたって言っても、ウチは学校じゃないんだよ?」


メテオスもアウレータの扱いを判断できかねている。


「でも、カワイイですねえ。お人形さんみたい。ねえ、アウレータちゃん。年はいくつ?髪の毛触ってもいい?」


一人っ子なので、妹が欲しかったと言っていた華江が、うれしそうに華江の胸ぐらいの背丈のアウレータに触ろうとする。


その手をはねのけ、


「無礼者!アタシはトランテスタ王国の第三王女、アウレータなるぞ!下賤な者たちは、アタシのアタマに簡単に触ることができないぞ!」


「おう!王女様だ・・・。」


田尾がちっこい王女様の威厳にほほえましくつぶやく。


「アタシはここにケンチクの技術を学びに来た!それ以外の目的はない!さっさとおしえるがよい!」


「失礼しました。アウレータ王女。こちらへおいでいただけますでしょうか。」


いすみは手を差し出す。


「お、おおう。よかろう。」


いすみの誘いに頬を染め、アウレータはいすみの手を取って、打合せ室へ入って行った。


◇◇◇


王との謁見後、いすみは王の側近に連れられて、王の執務室に通された。


<執務室>とはいうものの、分厚い木製のテーブルが部屋の壁に設置され、天井からは、ドワーフの里で田尾が見たような、工具が吊るされている。



「先程は失礼した。王というのは、威厳を保つのも仕事のうちでな。まあ、楽にしてくれ。」


先程とはうってかわった態度で、王はいすみに対し、椅子を進める。

王の体格にあわせたらしい、大ぶりでごつい特注らしい椅子に王は腰掛け、いすみも勧められるまま、腰をおろす。

ついてきた長谷部は、そのままいすみのななめ後方。ドア側に立つ。


「卿らの民衆のために、安価で住居を建てることができる工法をとがめるつもりはないし、これからも進めていってもらいたい。ただ、当然ながら、無秩序な建築行為は都市計画の破綻を招く。それは卿もわかっているとは思う。」


その通りで、マイナミ商会の社屋が建っているような、比較的王都の外れの地域ならばともかく、アリエトの自邸のある場所のような、王都の中心地に無秩序に次々と新築計画が始まるようであれば、王都の都市計画もおかしくなってしまうし、将来的には土地の価格の異常な高騰を招く。

そういった事態を防いでいたのが、ゲイアサプライヤを使った建築工法だった。


・・・・・建物というのは、ゲイアサプライヤがないと建たないもの。


・・・・・建物というのは、ゲイアサプライヤの使用期限が切れたら壊れるもの。


と民衆に思わせておけば、王宮サイドで特別なお達しをだすことなく、自然に都市計画は保たれつつ、建築物の新陳代謝を計ることができる。

王政というあやうい政治体制を維持するためには、動乱の種はひとつでもすくないほうがいい。トランテスタ王国は、そのように、都市計画を維持していた。

その秩序を掻き乱し始めたのが、いすみ達の一派というわけだ。


「卿らのことを聞き、直接話すことで、今後の沙汰を決めようと思っていた。これらの考慮なく、これからも新規の建物を無秩序に建てるようであれば・・・。」


王は運ばれてきた茶を一口飲み、いすみを睨みつける。


「いえ、決して、そのような考えはございません。」


王の眼力にひるむことなく。だが、礼儀は欠かないよう、出された茶には手を付けず、いすみは王に答える。


「我々の国でも、建築に関する秩序・・・。それは、ケンチクや社会情勢の知識を持つものがつくった<法>ですが、ケンチク計画は無秩序に行っていくことは危険なことであることも十分承知しています。」


「今までは、この国の建築統制について、我々は知ることなく、仕事をしていましたが、今回、この国の建築の秩序について、お話しいただき、<知った>ことになります。」


「ただ、我々の行う建築工法は、ゲイアサプライヤを使用した、<自然に統制を行える>ということのできない方法になります。」


ここまで話したところで、いすみは、まずは控える従者、次に王に一礼して、カップを手に取り、一口茶を飲む。

カップを置き、


「我々も無秩序な建築を行うことは国の施政にとって、よいこととは考えておりません。ですが、私どもには、すでに注文をいただいている施主様がいらっしゃいます。法や秩序を優先して、この方々のオーダーを無にするわけにはいきません。」


「私たちの<仕事>は<約束>が第一なのです。」


先ほどと同様のいすみの物言いに、従者は扉の外に視線を送ろうと身構え、長谷部はすぐにでも、いすみをかばえるポジションに飛べるよう、身構える。


「そこでアウレータなのだよ。」


王の一言に、護衛の2人は疑問符とともに緊張が解ける。


「卿らも関わったであろう。<レ・ブン商会>。」だ。


「卿らの何人かも、危害を加えられたようだが、あの商会の新たな会長はゲイアサプライヤの供給を武器に、王都。さらには、トランテスタ王国を左右するような影響力を持とうとしている節がある。」


「先代会長と、我々、王宮側は、良好な関係を築いていたので、<ケンチクの統制>はうまくいっていた。しかし、代が変わったところで、とやつらは手を組み、ゲイアサプライヤの供給を武器に、こちら側に圧力をかけてきた。」


「老舗の商会やギルドにも、条件を呑まないと、供給を行わないか、非常識な高価格でしか供給をしないという条件を付きつけ、実質、今までの王宮側の業者には、ここ数か月、まともに供給はされないような状態だった。

王宮の関わる建築工事に関しても、供給に対して、様々な条件を付け、従わない場合は、供給を止める旨、通達してきた。」


そこまで話して、王は立ち上がり、ぶら下げられていた<槌>を手に取り、鉄製の先端をなでる。


「もともと、余はゲイアサプライヤのみに頼る工法というものには疑念を抱いていた。というより、魔法にすべて頼ってしまうこの世界の風潮にな。」


今度は細かい目の刃のついた板を目に近付けると、顔をしかめる。

それを傍らにあった柄にはめこみ、いすみに渡す。


「魔法で行う作業は便利で有用だ。ただ、それにはベースとなる<自らの手を動かす技術>があったうえで、成立するものと余は考えている。」


いすみは黙って、王から柄を受け取り、刃の目を見立て、棚に置いてあった親指ほどの大きさのげんのうと、たがねのような工具で、刃を整え、王に返す。


「そんな折り、魔法力のみに頼らない。卿らの工法を耳にしたのだ。ゲイアサプライヤだけに頼らない工法を確立できれば、魔法のみに頼る現状を変えられるし、レ・ブン商会がらみの災厄も回避できる。」


王は整ったのこ目を満足げにながめ、棚に戻す。


「アウレータはまだ12歳の子供ではあるが、ケンチクの知識は十分だ。第三王女という微妙な立場ではあるが、施政に参加する権現もある。」


「要するに彼女を窓口として、新たなケンチク秩序を構築する方法を共に模索する・・・。ということでしょうか?」


いすみが答えると、王は満足げにうなずき、


「それであれば、無秩序な建築計画をおさえる方法も、いずれ構築されよう。これが卿らの言い分を聞く条件だだ。」


王は椅子に座り直し、いすみの回答を待つ。


「わかりました。私たちも異論はありません。」


いすみの回答に、満足げに王がうなずくと、長谷部と王の護衛はようやく完全に緊張を解く。


「ただ、気を付けろよ。イスミよ。卿らは、レ・ブン商会の構築した商売の機構を壊した。

やつらには、目をつけられているようだ。

やつらの自警団もかなり強力であるから、身辺に気を付けた方がいい。なんなら、王宮の衛兵を・・・。」


と言いかけて、王はいすみの背後に立つ長谷部に視線を移す。


「まあ、卿らには、必要のない心配だったな。」と王は笑い、長谷部は所在投げに視線をさ迷わす。


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