第53話 王と謁見-2

王都を見下ろす王宮の謁見の間は、間口が10M。奥行きは30Mほどの王都を見下ろす丘に建てられた、王宮の高層階に位置する広大な空間だった。

柱のない広大な空間も。至る所に設置された警護用の衛兵が多数配置された、<キャットウォーク>もどきも梁がまったくない。


天井の高さも高く、構造力学をまっこうから無視したような謁見の間に、いすみの建築士としての興味は尽きない。

ふんだんに高出力のゲイアサプライヤを使うことができることで実現した、異世界の大規模建築は、我々の世界の建築士から見ると、いたるところ、常識はずれな構造や造作が見て取れる。


「ゲイアサプライヤの出力サイズと、アマルガムのレイアウトについて調べていきたいものだな。建てるときの仮設魔法についても、足場を組むことなく、こんな空間を作れるということは、<飛ぶ>魔法を使える魔法士なんかも<常用>で使えるのかもしれない。

それに、アマルガムの積み上げのていねいさ、表面の仕上げの美しさも町場の仕事とは比べ物にならない。」


数十人の役人や武装した衛兵の立ち並ぶ、謁見の間に、たった一人で立たされているという状況であるにも関わらず、不敵にもいすみはそんなことを考えていた。


謁見の間に立たされてから数分。<王>が姿を現した。

豪華な造形の玉座に腰を下ろす。

トランテスタ王国、レイオット王だ。


年のころは50代後半ぐらい。見た目的には、舞波工務店の社長とおなじぐらいか?

思いのほか、ごつい体つきに、高貴な風貌がアンバランスだ。

日焼けした顔色も玉座に座る前の立ち振る舞いも、なんらかの外部での作業を長年行ってきたことを思わせる雰囲気だ。


「お前がマイナミ・イスミだな。」


王は付きのものに喋らせることなく、自分の言葉でいすみに話しかけた。

直接謁見するだけでも異例なのに、王が直接話しかけるという異例中の異例の事態に、同席している面々は驚きの表情を隠せない。


そんな事情を知らないいすみは、そのまま、返答する。


「マイナミ・イスミです。アルテ・ギルド傘下のマイナミ商会に所属しております。」


王族との話し方や、立ち振る舞いなどは、まったく心得ていないいすみだが、基本的な丁寧姿勢で王に対する。


「お前は異国から来たそうだが、どこの国の者か?」


これについては、先日の六代との打ち合わせについても、課題として出たが、未だ公式見解を定めていない。返答に困るいすみに、


「おい!王がお聞きになっている。黙っているのは無礼であろう!」


王の傍らに控える、側近の一人が苛立ったように、いすみに叱責をする。王はそれを自ら制し、


「まあ、よい。お前の事情は街のうわさで聞いている。そのうち、話すこともあるであろうよ。」


例の「国を追われたはなし」が、ここでも、そのままいい具合に作用しているのか・・・。といすみは一安心する。


「今回、呼び出したのは、お前たちが行っている建築の工法のことだ。」


「工法。とおっしゃいますと?」


「ゲイアサプライヤの作用を、建築物の本体に使っていない工法のことだ。」


「お前は建築で使われるゲイアサプライが、なぜ、高価で、限られた商会でしか扱われないのか、わかるか?」


「貴重なものであるからと思います。高価であるのも、その結果かと・・・。」


「確かに、建築に使うほどの出力のサプライヤは、つくるのに手間はかかる。ただ、それが、価格に直結するかといえば、それほどでもないのだ。供給に関しては、王直轄の機関の管理の元、供給を調整している。」


いすみは王がなにを言おうとしているのか、いまひとつ、理解が追いつかない。


「なぜ、そんなことをするのか、わかるか?」


「いえ、わかりかねますが・・・。」


「お前達が自分たちの工法で建てた建物は、何件あるか?」


「私どもで請け負って建てたのは、10軒ほど。現在、計画中のものも10件ほど。アルテ・ギルド請負のもので、あと、5.6件あると思いますが・・・。」


「その建てる場所や敷地はどうやって決めている?」


「いえ、特に検討は・・・。私たちの国では、敷地が狭いため、特に気にはしていなかったです。」


「この国では、どこに建物を建てようが、どのくらいの大きさのものを建てようが、特に制限をしていなかった。建築は経済を廻すうえで、有効な手段だ。

この王都は商売、建築行為に統制や制限をかけることは特に行っていない。

だから、商人が行きかい、衛星都市も含め、豊かになっている。」


「ただ、王都の面積には限度がある。好き勝手に建築を行えば、面積のバランスがおかしくなる。その統制を庶民に見えないように行っているのが、ゲイアサプライヤの供給なのだ。ここまで話せば、聡明な卿ならわかるだろう。」


いすみの理解を促すためか、王はいすみに対する呼称を変えた。


ここまで、王のはなしを聞いていたいすみは理解した。


ようするに、ゲイアサプライヤの供給というのは、この世界の<建築基準法と都市計画>を同時に満たすことのできるものなのだ。


新設される建築物の棟数は、ゲイアサプラヤの出荷量で測れるし、ゲイアサプライヤの供給を制限することによって、新設建築物の総数を統制する。

ゲイアサプライヤの耐用年数を設定することによって、地域ごとの建物の新陳代謝を図る。

たとえば、王都中央部に建てられる建築物に関しては、短い年数しかもたないサプライヤを供給して、地域の建築物の新陳代謝をはかり、特にそういったことの必要のない、衛星都市や、長い年月使う必要のある官公庁の建物などは、恒久的に使えるようなサプライヤを供給する。


さらに、供給するゲイアサプライヤの出力を調整することで、建てる建物の高さや広さを制限する。

サプライヤの性能以上のものを建てることはできないから、供給する王宮サイドは、いちいち調査をしなくても、どのくらいのボリュームの建物がどこに、何棟建っているのかを把握出来る。

アリエトの自邸のような、王都の中央部に近い邸宅が、比較的短い年数で、サプライヤの寿命がつきるのは、こういったことが理由なのだろう。


建築基準法だけではなく、都市計画や、建築される建物の棟数の統制もまかなえるのが、ゲイアサプライヤの供給制限制度だったのだ。


そういった意味のことを王に伝えると、いすみの理解の速さと、知識の豊富さに、王はうなずく。


「つまり、我々がその統制を破壊してしまっている・・・。と」


王がいすみを呼び出した理由がわかった。


ゲイアサプライヤを使って、王宮サイドが、都市計画や、建築基準法のような統制を行っていたにも関わらず、他国からやって来た者たちによって、無秩序にあちこちに建物を建てまくられてしまっている。

これは、建築の制限をゲイアサプライヤによって、非公式に行っていた王都にとっては、とんでもない事態だ。


我々の世界で言えば、都市計画地域の制限や、確認申請を無視しまくって建てているようなものだ。

事情を知らなかったとはいえ、いきなり処罰されなかったのは、運が良かったかもしれない。


「わかりました。ただ、我々としましても、明文化されていない部分で、どこまで行動や建築を制限すればよいかわかりませんし、すでに、請け負ってしまった仕事もあります。すべてを反故にするのはできかねます。」


王に対する、不敬とも思える大胆な物言いに、謁見の間の者達は殺気立つ。

衛兵の数人がいすみに対して、間を詰めはじめた。



「おい!貴様ら!ここは、王の謁見の間だぞ!」


「うるせえ!ウチの専務はどこにいる!」


衛兵をかきわけ、長谷部率いる<マイナミ自警団>の面々が謁見の間に乱入してきた。

王の御前で、剣をふるうことができないのか、棒術で立ち向かう衛兵に対し、肉体ひとつで戦うことを前提としたマイナミ自警団の面々は、次々と衛兵たちを薙ぎ払っていく。


「長谷部さん!」


「おお!専務がいたぞ。全員、こっちだああ!!!」


「やめてください!私は王様とお話をしているんです!即刻、出ていってください!!」


いすみの叱責に、衛兵たちをなぎ倒していた屈強の男たちの動きが瞬時に止まる。

マイナミ自警団の強さと、それを一言で制してしまういすみの威厳に、同席している王宮の者たちはざわめく。


「あれが噂の某国の後継者候補。マイナミ・イスミの私設軍。そして、それを率いるのハセベか・・・。」


「なんという強さだ。我が国の精鋭の衛兵が、まったく歯が立たないではないか。」


「少人数であれだけの戦闘力とは・・・。」


「王様。大変失礼いたしました。お話を続けさせていただいてよろしいでしょうか?」


いきなりの修羅場にも、さすがに王は動じない。


「小気味よいな!イスミよ。それであれば、我が娘を預けることができるものよ。」


「娘を預ける?」


「入れ!」


王の声に続き、一人の少女が謁見の間に入ってきた。

年のころは我々の国でいうところの、小学生と中学生の間ぐらいか?

碧い瞳に紫がかった銀髪は腰のあたりまで長く、青いドレスをまとった美少女だ。

王の傍らに立ち、吊り上がり気味の大きな瞳がいすみを睨みつける。


「わが娘のアウレータだ。魔法士としての修業中だが、すでに、我が国のケンチクの知識と魔法技術はひととおり備えているはずだ。」


「王女を卿に預ける。お前たちの技術をわが娘に授けてくれ。」

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