第49話 クライアントからの要望
社屋建設の現場は、終盤にかかっている。
魔法術式の構造強度についても、ぺぺとメテオスの術式検討。
あかりがそれをいすみにフィードバックする。というやりかたでほぼ、解決していた。
ドワーフたちへの大工仕事の教練も、堀川と田尾の二人の尽力で完了することができた。
工事上の懸念事項はあらかた解決したため、現場作業のほとんどは、シェーデルと華江で進行できるようになっている。
さらに、安西と打ち合わせに同席することで、新たな新築物件の段取りも、華江が的確に行うようになってきているので、最近では、華江の方が、異世界仕事のメインスタッフのようになってしまっている。
安西とともに打ち合わせに同席しているため、ここ最近ではクライアントのギルドの重鎮にもかわいがられているようだ。
華江は年配者に気に入られるような気質があるのかもしれない。
また、異世界に常駐するようになった田尾が、ルクレードと連携して、新規の新築事業の人員確保を王都の外のガンボの町で行っている。
さらに、ぺぺとの交渉のうえ、マイナミ商会に直接依頼を受けた案件については、ギルドを通さず、直接建材を仕入れるという交渉も締結させたため、施主と安西の打合せが終わり、実施設計が完了すれば、新たに依頼を受けた新築物件も、すぐにでも着工できる段取りになった。
レ・ブン商会からの大出力ゲイアサプライヤの供給再開の見込みはまだないが、マイナミ商会社屋で採用した、門型フレーム+アマルガムの工法の応用で、小出力サプライヤを使用した建設方法が確立されつつあるので、今後の施工も順調に進みそうだ。
そんなある日、こちらがわの世界から、異世界への入り口がある、例のRC建物にいすみが入ったところ、安西が彼を待ち構えていた。
最近は異世界にどっぷり入り浸っている安西なので、ここにいるのは珍しい。
さらにスーツをノータイで着こなしているこちらの世界の風体だ。
「安西先生、こっちにいるのは珍しいですね。」
「ああ、ちょっと交渉事があってな。というか、いすみ君に話があるという人がいるんだ・・・。」
いつも快活な安西にはめずらしく、歯切れが悪い。
安西がそう紹介すると、スーツ姿の小柄な人物がいすみに握手を求めた。
「初めまして。六代かなめです。」
◇◇◇
六代かなめ
現在の官房長官であり、いすみ達の直接のクライアントでもある。
「はじめまして。舞波いすみです。」
なぜ、この人物がここに?と思いながら、いすみは握手に応じる。
「安西先生から、あなたのことは聞いています。その節はウチの者が迷惑をかけました。」
高橋達を指しているとは思うが、正確に言えば、彼らは国土交通省の管理から離れた身分の者なので、六代が<ウチのもの>というのは、正確ではないのだが。
「領事館の建設のための建材や工法の研究も順調ということですし、依頼主としては、大変満足しています。」
「はあ、ありがとうございます。」
なにか、含みのある言葉使いに、いすみは警戒する。
「ご存知かもしれませんが、私はもともと、新潟の工務店の3代目だった。冬になると、雪が積もり、道路はふさがれ、ほとんどの者は出稼ぎに行かざるを得ないが、私の父の会社は、かたくなに新潟の現場をやっていました。あそこは建築仕事の前の雪かきも仕事の一環でした・・・。」
「・・・・?」
「というわけではないが、
話しの流れがよく見えず、安西を見ても、今一つ煮え切らない表情だ。
「さて、本題なんですが。」
六代は、ここにいつもここに置いてある折りたたみ椅子に腰かけ、安西といすみにも座るように促す。
「我々が異世界と接触してから、大分時間が経ちます。それで、日本政府としても、領事館が完成したところで、正式にコンタクトを取っていきたいと思っています。」
「とはいえ、前回のように、現地の状況を知らない交渉の素人が行ったのでは、前回の二の舞になる。段階を踏んで、きちんとコンタクトをとり、その終着点として、交渉開始があるという状態に持っていきたいのです。」
自分達には直接関係のない、外交の話しを延々と続ける六代にまだ、いすみは意図をつかみかねている。
「要するにあなたたちに日本政府の外交の先遣隊としての任を担ってほしいと思っています。」
異世界とのコンタクトの基本方針が、「日本政府がまったく関与していない間に、いつの間にか<異世界>と仲良くなっている民間の集団がいて、日本政府はそれに追随する形で外交を始めた・・。」というタテマエがあるわけだから、そういう意味では、舞波工務店は、高橋達、先遣隊のような「エセ民間企業」ではなく、まぎれもなく本物の民間企業であるわけなので、日本政府としては、これ以上の理想的な状況はない。ということになった。ということだろう。
ただ、それは、なりゆきの結果であり、いすみ達。舞波工務店の仕事は、あくまで、領事館の建設であって、今までの過程もその目的のために必要な行動なわけなので、いきなり外交官的な仕事をしろ。と言われても、「ハイ、承ります」とは言えない。
「我々を評価いただいているのは、ありがたいのですが、私たちはあくまでも、工務店です。建物を建てるのが我々の仕事であって、外交交渉は我々の職務ではありません。」
いすみは自分たちの立場を確認するように六代に言う。
「はい。それはよくわかってます。ただ、私たちの依頼内容は<領事館を建築するための状況の整備。>も入っていたと思いますから、今、私がお話ししたような、職務を行っていただくのも、取り交わした契約内容から逸脱しているわけじゃないと、私は考えます。」
六代は国土交通大臣だった5年前の関東の地震の復興から、現在、行われている東京都近郊の都市整備の段取り。
事故的に政権を奪取した、現野党政権がズタズタにした官僚機構の修復をはじめ、建築行政システムの改変、立ち上げをしてきた、実務の人である。
5年間の長期政権を支えてきた六代はそういった実績を着々と重ね、最近では、次の総理大臣の有力な候補とも言われている。
「それに、あなたのところの田尾君。彼は<みなし公務員>も同然の立場になっていますよね。であれば、<職務の内容が公務に準ずる公益性および公共性を有しているもの>であるはずですから、彼がそういった業務を行うのは、当然ではないですか?」
田尾があまりにもスムーズにこちら側の専属スタッフになれたのは、そういうことだったのか・・・。といすみは安西を見る。
安西はさらにバツが悪そうに、視線をそらす。
田尾が会社を閉めた原因と六代は、直接関係はないと思われるが、この状況を彼らが利用しようとしているのは間違いない。
六代をはじめ、異世界との正式な交渉を進めたい一派は、なんらかの形で、いすみ達を<縛る>口実と手段を探っていたのだ。そして、いすみと田尾はそれにまんまと乗ってしまった・・・。
ギルドや異世界の組織より、優位なポジションで、業務を進めていくという、<マウント工作>は、概ねうまくいっているが、根本的な部分で、足をすくわれたカタチになったようだ。
そんな思考をする、いすみの表情を伺った六代が改めて話す。
「そう警戒しないで下さい。私たちはあなたたちのこれからの職務に介入するつもりはないし、行動に制約をかけるつもりも、無理なオーダーをするつもりもありません。」
「聞くところによると、あなたたちはあちらの世界で、社会的地位の低さから生活に困窮している人たちの支援活動のようなことも行っているというお話を聞きます。そういった活動をこれからも行っていくのであれば、我々を利用する。というようなことも考えてもいいと思いますよ。」
日本政府とのこういったつながりが、ドワーフ達の地位向上に役立つようであれば、それはそれで、いすみたちにはデメリットはないし、バックアップが受けられるのであれば、自分たちだけで孤軍奮闘するだけではなくなるので、むしろメリットの方が多い。
特に現時点ではリスクはないと思われる。
「わかりました。ただ、あくまでも、我々の仕事は<建築>です。そちらのご要望に沿う結果になるかはわかりませんので、そこはご理解ください。」
「それで結構です。バックアップは惜しみませんので、その都度おっしゃって下さい。」
現在の状況は六代や、安西に<ハメられた>という、印象はぬぐえないが、田尾やドワーフ達にも、決して悪い結果にはならないようなので、いすみは了承する。
「私も近々、<マイナミ商会>の社屋にお邪魔させていただきます。<魔法>とこちらの工法のハイブリットな建築は、元建築屋としても興味がありますので、ぜひ、見てみたい。」
絡め手で、いすみ達をハメたやり口は官僚のそれだが、無邪気に<異世界>の建築に興味を示す、六代の物言いに、自分たちと同じものを感じて、いすみは若干、安堵した。
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