第50話 完成見学会
カリュクスの門型フレームを使った、構造体である、マイナミ商会社屋の建設は、基本的に作業場で組み立てたものを現場で組むだけなので、この世界の一般的な建築よりも、施工ペースは速い。
また、いすみの採用した<雨よけ>の仮設魔法もあって、天候に関わりなく、作業が進むため、順調に完工するめどが立ってきた。
今回は、施工者=施主なので、特に工期を厳守する必要もなかったのだが、そこは日々、タイトな工期と戦っている舞波工務店一同なので、アルテ・ギルドの一同が、「なにをそんなにあせって仕事をしているのだ?」というぐらいのハイペースで仕事を進めていった。
予算的にも、
「完成見学会を行います。」
概ね完工のめどが立ったところで、一同を集め、いすみは宣言した。
「完成見学会?というと、あれか、あっちの世界でもよくやってたやつだよな?」
田尾がいすみに確認する。
工務店や設計事務所は、ハウスメーカーのように住宅展示場のようなモデルルームを持たないため、物件が完工すると、施主の許可を取って、「完成見学会」を行って、一般の施主に公開して、新規案件の受注活動を行うことがよくある。
いすみはうなずき、
「そう。この建物は着工から街の人たちが見ていて、完工した建物にもみなさん興味津々です。今後の受注のためにも、やっておくにこしたことはありません。」
◇◇◇
完成見学会当日は、スタッフ一同、この世界の基本的な正装に着替え、完成した社屋に迎え入れる。
現在、設計作業中のクライアントはもとより、これから発注が見込まれる施主候補にも、招待状が送られ、次々と招待客が訪れる。
社屋の南側の大きなデッキには、卓面が髙めの白いテーブルが置かれ、マイナミ商会御用達の食堂、<ルーチェ>から運ばれた食事や、飲み物が用意され、ガーデンパーティーのような華やかな様相になっている。
「あ!
外部デッキで、ギルドのクライアント相手に、雑談をしていた安西を見つけ、主人とともにやってきた、若いメイドの一団が、安西の姿を見つけて色めきだつ。
「やあ。君たち、よく来たね。あっちに飲み物が用意してあるから、取ってきたまえ。」
「お招きありがとう。案内をしてもらって、よろしいかしら。」
「これはマダム。ぜひとも、ごらんになってください」
若いメイドに囲まれて、ちやほやされた後は、どこぞのマダムの手を取って、安西は説明書きや室内を華やかに彩る装飾品ががところどころに配置された建物の中に入って行く。
「なんだか、ひと昔前の建築家とパトロンみたいだな。」
田尾がそんな安西を見送りながら、華江に話しかける。
「いいんじゃないんですか?安西先生にはこの世界。合ってるみたいですね。ほんとに生き生きと仕事してますよ。」
「おお!ハナエ!来たぞ!招待状をありがとう!」
金縁メガネをかけた、初老の男性が、華江に声をかけた。
「あ、デンゲルさん。いらしていただきありがとうございます!」
某商会の御隠居。デンゲルが華江を見つけて、声をかけてくる。
彼は安西とともに、打合せにやってきた華江をいたく気に入り、そろそろ、サプライヤの効能が切れそうな自邸の建て替えをマイナミ商会に依頼している。
「ハナエに会いたくて、やってきてしまったよ。これか。ハナエの建てた建物は。なかなか奇抜な意匠だな」
「そうですね。設計はアンザイですが、仕切りは私とこのシェーデルがやりました。」
「初めまして。
シェーデルが、儀礼を守ったきれいな所作で、デンゲルに礼をする。
「・・・これは驚いた、こんな建物をドワーフが建てられるとは。」
この見学会のもうひとつの目的は、実際に施工に関わった、ドワーフを主にした者たちを、次のクライアントたちに会わせることだ。
家屋建設だけでなく、一般的な仕事に置いても、未だにドワーフが行うというと、懸念を示す者も多く、特に建物を建てる依頼をする、比較的ハイクラスの顧客層には、未だにドワーフ達への偏見は強い。
そこで、<実際に建てた建物>の中で、実際に仕事をしたドワーフ達と会わせ、彼等に建物の案内、説明をさせることで、技術的にも人材としても有能な者として認識させ、彼らの偏見をなくしていくというのが狙いだ。
こうすれば、次の現場に彼らが入っても、クライアントにいやがられることもないし、長いスパンで見れば、ドワーフ達の地位向上にもなっていくはずだ。
そのため、いすみはこの完成見学会で、ドワーフ達には、作業用の衣服ではなく新品のシャツと、ベスト、ベレー帽といった衣裳をしつらえて出席させた。
技術屋ではあるが「ホワイトカラー」のイメージも現れるような衣裳を着せ、礼儀や話し方も練習させた。
ドワーフ達のきちんとした所作と、高度な技術的な説明に感心したデンゲルは、
「うん。ハナエと彼らがやってくれるなら、ウチの新築工事も安心だ。宜しく頼むよ。」
デンゲルはシェーデルに握手の手を差し出す。
戸惑うシェーデルは華江の顔を見る。彼女はそれに笑顔で返す。
シェーデルは戸惑いながらも、デンゲルの手を握り。
「お任せください。デンゲルさんの御満足される。いや、それ以上のいい家を建てて見せます。」
シェーデルの力強い握力と眼力に、デンゲルも満足げにもう一方の手を添え、
「よろしくたのむぞ。トウリョウ!」と答えた。
◇◇◇
完成見学会には街の住人もやってきた。
ほとんどが普通の人たちなので、彼らの普段の住まいは基本、賃貸だ。
通常であれば、自分の家を持つなんて言うのは、夢のまた夢のはずだが・・・。
「なるほど。この工法なら、このくらいの額で家が建てられるのか・・・。」
「今のところは王都に限ってですが。それから、王都に所有している敷地があるのが条件ですけど、現在、支払っている賃料で、十分、建物を私有することができますよ。」
見学会にやって来た町の住人に、アウグストは売り込みをかけていた。
大出力のゲイアサプライヤが供給されない分、建物の建設単価は、大幅に下がってしまったが、それを逆手にとって、イスミ達が開発した小規模出力のゲイアサプライヤを使用した工法であれば、一般の市民の10年程度の賃料程度で、支払いが完了する額で、この世界の一般的な規模の住宅は建てられる。
それで、現時点では、王都になんらかの敷地を持っている場合に限るが、それを担保として、いわゆる
基本的な事務手続きは、アルテ・ギルドが行い、建設はマイナミ商会に発注する形になるが、ギルドの幹部等の新築工事と組み合わせれば、レ・ブン商会から、ゲイアサプライヤの供給を受けていたころよりも、売り上げが上がる計算であるし、なにより、工期が短いので、売りが立つ、スパンも短いため、十分商売として成り立つ。
◇◇◇
「見学会も好評で、なによりだ。」
盛況なうちに、完成見学会も終盤に近づき、夜のとばりが降りてくる時間になっていた。
大口受注以外にも、王都の一般の住人からも多数の受注や問い合わせを請けたエドガルドは満足げに、外のデッキに居たいすみに声をかける
彼にとっては、レ・ブン商会からのゲイアサプライヤ供給が止まることを覚悟したうえで、いすみのバックアップを行った自分の判断が間違っていなかったことを証明できた、彼の商人としても記念すべき日になった。
今回のいすみたちの工法によって、得られる売上高の向上はもちろん、工期が短くなったことで、アルテ・ギルドの保有資産も短期間で飛躍的に向上することになる。
「そうですね。こちらの工事にあたってのご協力にも感謝します。これからもよろしくお願いいたします。」
いすみもエドガルドに感謝の意を伝える。
「それでだな、もう、これで我々アルテ・ギルドとマイナミ商会の信頼関係は十分に築けたと思うのだ。そろそろ、次の段階の話しをだな・・・・。」
と、エドガルドが話し始めたところで、いきなり、デッキが真っ暗になった。
デッキで夜風とともに歓談を楽しんでいた招待客一同も、いきなり、真っ暗になった周囲にざわめく。
さきほどまで、室内の魔法灯の灯りを通して、デッキを照らしていた<透明な壁>がいきなり、真っ黒な壁面に代わっていたのだ。
「なんだ?なにが起こっている?」
真っ暗になった周囲にエドガルドをはじめ、招待客も驚き、いきなり<ただの壁>になってしまった壁面を撫で回すものもいる。
「大丈夫です。メテオスさん!」
いすみが声をかけると、壁面の一部が再び透明になり、室内からの明かりを透過させ、<ひし形>の光の形状になった。
数秒後、今度の光は、星形になり、次は正方形、三角形というさまざまな光の形状を司る。
我々の世界で言う、プロジェクションマッピングのような様相だ。
次々に現れる光の芸術に、デッキの招待客はもちろん、王都の人々や、広場の観衆からも歓声が上がる。
「イスミ!これはいったい?」
困惑するエドガルドに、
「今回の社屋建設にあたって、アンザイの設計コンセプトで一番の肝が、南面の吹き抜け部分にいかに、光を取り入れるか。でした。我々の国では、<ガラス板>という、人間の身長の2倍程度の大きさの
そこで、いすみたちは考えた。
<透明な板が作れないならば、透明でない物質を透明にしてしまえばいい。>
ペペに、<魔法詠唱によって、透明になる物質はないか。>と問い合わせたところ、<アマルガム>を透明にする術式があるとのことだった。
ただ、それを実現するには、透明にするべきアマルガム個々に魔法術式を記載することが必要で、それは、人海戦術でなんとかなるとはいえ、従来のゲイアサプライヤ供給方法では、供給される魔法量にムラが出てしまい、半透明なところ、透明なところ、透明でないところ。ができてしまい、虫食いのような、見るも無残な状態になってしまった。
そこで活用されたのが、同時進行で検討を進めていた、構造の耐力をもたすために編み出された、魔法の有線LAN供給法。<
これを活用することによって、魔法力を壁面に均一に供給することが可能になり、さらに副産物として、魔法の供給量を部位ごとにコントロールできるようになったので、魔法力を供給する場所を変換することによって、室内の光を妨げたり、透過させることによって、光の形状を映し出すことができるようになった。
「そして、こんなこともできます。」
いすみが合図の手をあげると、光が槌の形をつかさどった。
アルテ・ギルドの紋章だ。
エドガルドは驚いて、いすみの顔を見ると、いすみはいたずらっこのように笑みを浮かべ、
「これからも、よろしくお願いいたします。」
と手を差し出す。
その表情に虚をつかれたエドガルドだが、
まあ、いいか。といすみの手を握る。
マイナミ商会社屋の光の演出は、新たな名所として王都を訪れる人々の目を楽しませるようになっていった。
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