第48話 工務店の任務と責任


王都の居酒屋<ルーチェ>で田尾に呼び出されたいすみは田尾の向かいに座った。

この店はガンボの町でいすみたちが常連になっていた食堂と同じ経営者の店で、味も価格もガンボの町の店舗にまさるとも劣らない、いい店だ。

あちらの店員も時々、この店に働きに来るようで、マイナミ商会のなじみの店のような感じになっている。


すでに何品か田尾が食べ物を注文していたので、いすみは自分の分の飲み物を注文すると田尾に向かい合う。


「めずらしいな、俺だけ呼び出すなんて。」


エールをひとくち口にふくみ、一呼吸置くと田尾が話し出す。


「会社をな。閉めようと思ってるんだ・・・。」


田尾からその話を聞いてもいすみはあまり驚かない。


例の地震の際、田尾工務店のある足立区界隈は、川の水の逆流によって広範囲が水没し、田尾の会社社屋も完全に水に漬かってしまった。

舞波工務店や<工務店ネットワーク>の支援や、あかりの加入によって、リカバリーはしたものの、苦しい経営状態が続いていたのは聞いていた。


「そうか・・・。でも、この仕事の利益は原価もかからないから、粗利益としてはいいんじゃないか?それでなんとか立て直せないのか?」


なんとなく予感はしていたし、答えはわかっているのだが、いすみはあえて問いかける。


<異世界>での仕事は経費も掛からず、田尾とあかりの、いうなれば人足のみなので、立川への交通費以外はすべて利益だ。

異世界仕事で会社を空けることについても、あかりか、田尾がローテーションで会社で指揮をとり、実働部隊の社員もいるので実務上も問題はないはずだ。

新規の引き合いも好調だとは聞くが・・・。


「経営自体は大丈夫だ。でも、結局バランスなんだよな。まあ、お前ならわかってると思うけど、経費と利益の。俺たち工務店は設計事務所と違って、建てた家のメンテナンスをしなければいけない。

この仕事で会社の利益はかなり上がっているし、経営も問題ない。ただ、今までに建てた家と、これから建てる家のメンテナンスの経費と新築の利益のバランスを考えた場合、今の設計施工を行う体制だと、どうしても先が見えない。」


設計事務所は簡単に言えば、だ。

対して、工務店は建てた後が本番と言ってもいい。


舞波工務店も田尾工務店もそんなことはほとんどないが、はもちろん、建ってから施主が気付いた、棚があそこにほしい。照明を増やしたい。と小規模なもの。

10年以上経てば外壁や屋根のメンテナンスと言った大規模なものまで、自分たちが建てた家に関しては責任がつきまとう。

数十人もメンテナンス要員を抱えるハウスメーカーやゼネコンと違って、そういった業務は新築や新規案件の合間をぬって社員が行わなければならない。

そして、それに対して工務店は大きな金額を請求をすることができないし、利益をあげることができない。

熟練の技術の職人や社員が動くには、それなりの経費がかかり、それは会社の利益を削って行う、決して仕事なのだ。

ある程度年数の経った工務店ほど、比例して完工件数は多いから、こういったメンテナンス仕事は多く、それ専用の社員がいなければいけないほどのボリュームになり会社の経営を圧迫していく。


新規案件の利益をメンテナンスで削られていくような体制になっていくわけなので、新規案件の少ない年はこういったメンテナンス仕事の経費で赤字になっていったりもする。


田尾工務店も設立してから15年。そういったバランスが一番難しいときに、会社が全壊してしまい、そのリカバリーに多額の費用がかかり、このバランスが狂ってしまった。

決してクレームや施工ミスではないメンテナンスであっても、それに誠実に答えていくと経費が苦しくなっていく。

むしろ、完工後に施主と仲違いしたほうが、その後は他の工務店なり、大手リフォームメーカーに頼ってもらえるので、よい場合もある。

だが、田尾工務店の誠意ある対応と、職人の手際に、ほとんどの施主は、その後のメンテナンスや、新規リフォームについても、継続して相談を入れている。

がゆえに、それが会社の経営を圧迫している。


現在は異世界の仕事の利益の多くが、これらの活動に割かれている状態で、この仕事が終わった後、このあやういバランスが崩壊するのは目に見えている。


「だから、会社の経営がある程度安定している、今、閉めようと思ってな。新規の施主さんをこれ以上増やすのも申し訳ないしな。」


「・・・・。」


この店でお気に入りの、香草入りの腸詰を無言で口にはこびながら、いすみは田尾の言葉に耳を傾ける。


設計と施工をともにやっていくという体制にこだわり続けた盟友の撤退宣言を、自分は一番理解できるために、いすみはなにも言うことはできない。


「・・・わかった。社員のみんなはどうするんだ?」


「あかりはそっちでまた頼むわ。華ちゃん曰く、もう一人雇うつもり。って話を聞いたんだが、なんとか頼む。他の社員は<工務店ネットワーク>の連中に声をかけてみるつもりだ。」


「お前はどうする?」


「こないだ、安西先生に相談したら、こっち異世界の常駐支社長になったらどうか?ってことだったんで請けるよ。この仕事がいつまで続くかわからないが、クライアント日本政府としては、常駐員がほしいし、高橋さんみたいな失敗を繰り返したくないから、こっちに馴染んだ人材がほしいそうだからな。そのうち宮仕えの身になるかもしれないな。」


「それはいい。お前がこっちに常駐してくれるんなら、俺も安心だ・・・。」


いすみは今後の田尾の身の振り方に一安心する。


田尾は手を付けていなかったエールを一気にあおり、すぐにもう一杯注文し、さらに半分ほどあおる。


ここ異世界は酒もメシもうまいよな。なんか、俺たちが仕事を始めたころの日本に似てるよ。ドワーフやギルドの連中も、いいやつばかりだしな。」


「なにより、仕事をやったら、ちゃんと評価してくれる。槌音つちおとって言ってくれるんだぜ。俺たちの作業する音をとにかく煩いっていう近隣の皆様もいない。

現場に行ったら、親の仇を見るみたいに邪魔だって言うような方々もここにはいない。

新築の家が建ったら、となりの家がきれいになったのが気に入らない。なんて、おっしゃる隣人サマもここにはいない。」


田尾はどんどん酒をあおる。


「・・・・。」


「お前もあっちの世界より、こっちの世界の方が合ってる気がするぜ。ややこしくて、くるくる変わる建築基準法とか、不条理な施主。バカみたいな欠陥住宅検査屋なんかに煩わされてたら、お前のせっかくの才能がつぶされちまう。

最高の才能と技量を持ってるお前に家や、店を建ててもらっているにも関わらず、正当な評価、感謝をしている連中なんか、あっちにはいないだろう。」


「・・・田尾。」


「俺はな、お前は世界一の建築家だと思っている。安西先生よりもな。

世界一の監督だと思ってる。どんな一流ゼネコンの監督よりもな。

を相手にしてるのは、もったいない。才能も能力も持ち腐れだ。お前は、ここ異世界で、自分の才能と能力を存分に活用すべきだ。もう、あんな世界、あんな国、捨てちまって、俺とここでやっていこうぜ!!」


「田尾!」


「・・・悪い、言い過ぎた。」


工務店業務は楽しいことばかりではない。

特に設計も施工も請け負うということは、建築の行為、すべてにおいての責任を背負うということだ。その重み、プレッシャーは生半可なものではない。

それを<自分の理想>というだけの、ストックが少なく、いつ、尽きるかわからない燃料を使って、前に進んできた田尾だったが、それが底を尽き、撤退を決めたところで、抑えていたものが、親友いすみの前で一気に噴き出した。


いすみもエールをあおって、田尾に対する。


「おれはやめないぞ。こっちの世界の仕事も、自分たちの世界のシゴトも、おれはやりがいあることだと思ってるし、まだまだ、嫌いになんてなれないさ。それに、俺にはお前をはじめとした仲間が大勢いる。確かに不条理も、やってられないと思うことも山ほどあるけど・・・。」


「まあ、今のところは、と思ってるしな。」


「きれいごと言いやがって。まあ、いいさ。お前との付き合いも長いしな。できるだけ、やってみればいいさ。今言ったことは忘れてくれ。」


二人はジョッキを合わせる。



「あれ?タオさんとイスミさんじゃないですか?」


声の方を見ると、ガンボの町のアルテ・ギルド支社長のルクレードだ。

見たことのあるギルドの職員を連れている。


「こっちにいるなんて、珍しいですね。本部で打合せですか?」

田尾が同席を勧めて、ルクレードに声をかける。


「ええ。なんか、アウグストさんに呼び出されて来たんですが、ちょうどいい。タオさんともお話ししたいことがありまして・・・。」


建材の流通について、田尾とルクレードは、活発に意見を交わす。

田尾はルクレードと気が合うようで、最近は衛星都市からの建材の流通や、マイナミ商会の現場に参加したいという若者や、人間種以外の者のリクルートについても、共同で検討しているとも聞く。


<やっぱり、どこに行っても建築シゴトは楽しいよな。>


<・・・頑張れよ。>


熱く打ち合わせに興ずる二人を見ながら、いすみはエールをもう一杯注文した。
















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