第43話 大工仕事

ドワーフ達に、我々の世界の建築技術を継承させるため、いすみや田尾が心がけていたのは、門型フレームやそれをベースとした内壁と外壁を一体にして施工できるといった、できるだけの手間を簡素化した工法で、いうなれば、ハウスメーカーのユニット工法的なものだった。


これであれば、シェーデルほか、数人の<棟梁クラス>の者が、工法を把握しておけば、将来、いすみたちがいなくても建設は可能であるし、現に現在、請けている引き合いの何件かは、田尾や華江が要所要所のサポートをしているが、おおまかな進行は、シェーデルと、他数名の熟練のドワーフ達で基本的な進行ができるようになっている。

ただ、将来的にマイナミ商会方式の工法が一般的になってきた場合、顧客のオーダーによる意匠の違いや、現在、オーダーを受けているギルドの幹部の邸のような、比較的コンパクトな敷地に建設する場合は、現場での加工が必須になる場合もある。


また、いすみがこの世界の建築で一番気になっていた部分は屋根の雨仕舞いだ。

ほとんどの建物はいすみ達の現場仮設で使っているような「雨除け」の魔法を作用させているが、ゲイアサプライヤの設置位置の問題か、効力が切れていく年数の問題かはわからないが、屋根。特に軒先の劣化が激しいように見えた。

そこで、ある程度の仕口加工と、軒と破風の加工に関しては、実務レベルでドワーフ達には身に付けてもらおうといすみと田尾は考えていた。

一応、こういった加工を行える技量はいすみも田尾も備えてはいるが、やはり、きちんとした作業を見せるのは大事。ということで、大泉学園町から舞波工務店の大工、堀川を連れてきた。


堀川は、町の工務店仕事一筋の大工で、一般的な加工はもちろん、マンションのRC躯体の取り合いが必要なリフォーム工事。築年数が経った家屋のリフォーム工事もこなすことができるマルチタスクの大工だ。


20代のころは大分、<元気>な気性だったが、代が代わり、いすみが実質的に指揮をとるようになったころから、気性も落ち着き、近年は「工務店ネットワーク」の若手の大工の講師も行うようになっている。


クライアントや安西の<つて>で、<日本を代表する名人宮大工>のような人材を呼ぶことも出来たが、そういった人材が、<異世界>になじめるかどうかはわからない。

芸術的な仕口作成とか、<カンナのけずりかすの長さを競う>なんていう競技を行えば、堀川より技量の高い大工はたくさんいるが、そういったタイプの大工が、<異世界>特にカリュクスやアマルガムといった、未知の建材に臨機応変に対応できるかというと、疑問符がついてしまう。


舞波工務店は以前、元・宮大工。という経歴の者を雇ったことがある。

厳しいことで有名な社寺建築を行う工務店で修行をした者で、そういった<ブランド>に弱い社長が、なにかの縁で連れてきたのだ。

彼は、修行時代から使っているという、芸術品のような道具一式を持ち込み、いすみが試しに、ほぞだけの四方転びとか、隅木加工なんかをつくってもらっても、舞波工務店のどの大工よりも早く、正確に作ることができた。


ただ、町場の現場はそういった芸術的な仕事ばかりではない。

施主の、予算にあわせるために、集成材がほとんどの「プレカット」の躯体にメーカーの「圧縮材」を用いた建材をで正確に組みつけていく。といった、作業が必要な場合もある。

そんな場面で、彼は「道具が痛むので、そういった建材の加工はやりたくない。」と作業を拒否した。


また、工期がほとんど無制限な社寺建築と違って、工期が限られている<施主のいる>現場では、電気配線作業や、水道工事などの作業が、大工仕事と同時進行で進むため、大工が作業しているのと同じ場所で、他業種の職人が作業をしている場合もあるし、彼らの作業のため、随時、躯体を加工してやる必要がある場面もある。

さらに、そういった作業には、電動工具を使った作業が必要だが、伝統工法をメインとする彼は、そういった作業が苦手。というか、電動工具をほとんど使ったことがないので、そういった作業を行うことができなかった。


結局、<自分大工が作業しているのに、が入るなんて、非常識も甚だしい。こんなに他の職人が一緒に入る現場が続くのであれは、この会社でやっていくことは出来ない。>と言って、結局、退職してしまった。


これは、決して、彼が悪いわけではなく、「町場」の仕事が、彼に会わなかっただけの双方のミスマッチだったのだが、その一件があって以来、いすみは、臨機応変に対応しなければいけない現場には、そういったは、入れないようにしている。


対して、堀川は、震災の際、仮設小屋を作る際にも、柱が不足していたため、垂木を<抱かせて>柱や梁に加工してしまうくらい、臨機応変に動くことのできる、

道具に関しても、


「圧縮材切るんなら、ホームセンターで売ってる使い捨てのノコ刃でいいだろ?安くて、切れ味もいいし。」


「楽にできるんなら、プレカットと電動工具でいいじゃない。俺は、手仕事にそんなこだわりないからさ。」なんて職人だ。


そんな狙い通り、異世界にも、ドワーフ達にもすんなり馴染み、作業場での仕口の練習も、社屋の破風、軒の加工の実践も、シェーデルたちをはじめ、ドワーフ達に教えながら、実践した。

今回は、道具は我々の世界のものを使ったが、いくつかをシェーデル達に渡し、自分達で作れるようであれば、作るように。と指示を出した。

それらのいくつかは、ドワーフ達の村へ持ち帰られ、鍛冶工場で、試行錯誤を繰り返しているようだ。


ただ、安西の設計では、屋根部分は、破風のない。「箱のような形状。」いわゆる<パラペット>にする予定だったのが、彼らに実践作業をさせるために、屋根形状を変えてしまったため、いつもと逆に、華江が安西に仕様変更を頼み込むことになった。










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