第42話 建築依頼2
印刷ギルド<ドルッグ>の会長、アリエトの自邸の応接室の外では、メイドたちが、扉を少しだけ開き、彼女たちの当主と打合せを行っている人物に色めきだっている。
「ね、ね、あの人よね。マイナミ商会の会長って。とっても背が高いのね。」
「そうよ。こないだの大きな角材の建物の仕切りもあのひとがやってるそうよ。あのみたこともない工法を、異国から持ち込んだのは、イスミっていうヒトと、あの人らしいわよ。お国では、有名な
「70歳だって?とてもそうは見えないわね。健康そうだし、ダークブラウンの瞳と、あの銀髪が素敵ね・・・。」
「ちょっと、どきなさいよ。お茶の替えをお持ちするんだから。」
「ええ!ずるい。あんたはさっき、持って行ったじゃないの。今度はあたしの番のはずでしょ!」
<アルテ・ギルド>に持ち込まれた、この邸の建て替え計画の家屋の設計、意匠の打ち合わせに、安西がこの邸を訪れている。
この世界に来てから、町に繰り出し、人々の生活様式や、考え方を徹底的に吸収した安西は、我々の世界の工法を把握しているうえ、この世界のクライアントのニーズにこたえられる技量を備えつつある。
また、先日のマイナミ商会社屋の上棟作業が、王都の人々に与えたインパクトは大きく、それを取り仕切ったといわれている安西が、今回の業務を行うことになった。
さらに、この世界では、高齢の人物ほど信頼される傾向があるようで、ギルドの重鎮のような、地位の高い人物に対しては、いすみぐらいの年代でも、まだまだ<若造>扱いされてしまうこともある。
だから、そういった重鎮の人物よりも、さらに高齢で、もとからこの世界に居たかのような外見と、大柄な体格の安西は、この世界における最高に信頼がおける風体だったので、建築依頼をしてくるような社会的地位の高いクライアントに対するには、最適な人材だった。
そして、業務以外でも、この世界では高齢で、見目麗しく、健康な男は老若男女問わず、とにかく<モテる>らしい。
交渉のおりの好印象も、打合せを順調に進める武器になったが、安西が打合せに行くと、その家の奥方はもとより、メイドや女中まで浮き足立ってしまうという弊害も発生していた。
打ち合わせ中に、安西にお茶を持って行く役を、メイドたちが先を争っているようなありさまだ。
「あ、あの、お茶のお代わりを・・・。」
お茶を持っていく順番争奪戦に勝利したらしい、若いメイドが、緊張しながら、ティーセット一式をワゴンに乗せて安西のところに持ってきた。
「ああ。ありがとう。」
差し出されたお茶のカップを、メイドの手のひらごと、安西は受け取る。
「・・・!」
いきなり、手を握られてしまった、若いメイドは、真っ赤になってしまう。
安西は、さらに自分がモテることを自覚したうえで、あちこちに色目を使うからタチが悪い。
向かいに座るクライアントのアリエトにわからないよう、安西は彼女にウィンクを送る。
メイドは、ますます真っ赤になってしまう。
「で!安西先生!!階段の踊り場の位置は、このまま進めるということでいいんですよね!!」
打ち合わせに同席している華江が、安西に確認の言を取るように、諭す。
華江ににらまれつつ、声をかけられた安西は、メイドからあわてて手を放し、
「あ、ああ・・・・。大丈夫だ。そこはそのままいきましょう・・・。」
<この世界には、もう、俺の彼女がいるんだ。>と、安西が豪語した時点で、以前、安西がクライアントの奥様とあやうい関係になりかけたことを知っているいすみは、華江も打ち合わせに同行させるようにした。
例の一件以来いまひとつ、華江には頭があがらない安西に、無茶な設計や提案を思いとどまらせることができるので、その意味でも打ち合わせの流れがスムーズになっているし、華江も、現場を進める段取りが早い段階で把握できるので、工事進行上のメリットにもなっている。
お茶を出し終わったメイドが出て行った扉の外で、黄色い歓声が上がるのを聞いて、にやついた安西を、華江が睨み付けて、さらにけん制する。
「・・・・!」
華江の鋭い目線に気が付いた安西は、図面に視線をもどし、あわてて、打合せを再開する・・・。
◇◇◇
そんな、アリエト邸の打ち合わせをしていたおり、さらに、数件、建設依頼があった。
設計の内容や、安西の打ち合わせの巧みさに、感嘆したアリエトが、ギルドの寄り合いや、業務での雑談で、話をした口コミ効果によるものだった。
そんな中、最初は積極的に設計の打ち合わせに加わっていた、アルテ・ギルドのメンバーだったが、物件数が増えるにつれ、打ち合わせに同席することが、徐々に減っていった。
商人というのは、利益を出すための、<楽に儲かる近道>を常に模索している。
アルテ・ギルドは、あくまで建築を<商売>の道具にしているにすぎない。
彼らは<ビルダー>ではなく<商人>なのだ。いすみたちのように、建築という行為を
だから、マイナミ商会が、設計、段取りを請け負ってくれ、利益だけを供給してくれるのであれば、それでいいのではないのか?という考えが、アルテ・ギルド全体に蔓延していくようになり、設計や施工に、直接携わる魔法士達以外は、組織としての技術の取得は、もう、どうでもよくなってしまっている。
このギルド側の対応の変質も、いすみの思惑のひとつだ。
将来、大型出力のゲイアサプライヤの供給が再開されれば、いすみたちが現れる以前のように、ゲイアサプライヤのみを活用した、建築は再開されるだろう。
ただ、そのころには、今回、引き合いがあったような、小規模ゲイアサプライヤを活用した、安価な建物の建築も、軌道に乗っているはずなので、その建築ノウハウを持たないアルテ・ギルドは、マイナミ商会。もしくは、メテオスやドワーフ達に建築を依頼せざるを得なくなる。
彼等しかできない工法があれば、この世界でのマイナミ商会や、その周辺の技術者の優位なポジションは、現状のまま維持できる。
また、技術を持っている。という優位を背景にして、メテオスや、ドワーフ達の商会を独自に設立して、彼らが将来的に<直請け>ができるようになれば、いすみたちが、この世界から引き揚げた後も、継続的に仕事を請け負うことができ、彼らの収入の向上と安定。社会的地位の向上になるのではないか。とも考えている。
今回の、マイナミ商会社屋建設にあたって、地鎮祭や上棟式のような派手なセレモニーを、これ見よがしにやっているのは、将来の直請けのクライアントへ向けてのパフォーマンスも兼ねているのだった。
そういったいすみの活動の指針も、実を結びつつあった。
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