第40話 あたしは専務に任されてるんです!
ある程度、現場が軌道に乗ってきたところで、基本的にいすみは<我々の世界>で、業務を行い、要所要所のチェックを随時、通いで行うという勤務体制に移行した。
そのため、最近では、通常の現場進行と管理は華江が行い、田尾がフォローに入るという形態になっている。
華江はもうすぐ、屋根の破風造作が行われる現場へやってきた。
と、<
「ダブラスさん。4通りの建具の場所違いますよ。この部分はアマルガムを積んでおかなきゃいけません。」
現場作業中のドワーフに実際の施工部位と、図面の違いを指摘する。
「いや、図面ではそうなっているのはわかるけどさ、
「ああ、またか・・・。」と華江はアタマを抱える。
施工のための<実施図面>はいすみが書いたのだが、建物の基本的な<意匠>は安西がやっており、最近は、勝手な変更を華江のアタマをとばして、現場に直接指示してしまうことが頻繁になってきた。
確かに、現場の進行状況によって、よりよいデザインにしたくなるのは、クリエイターとして当然だし、華江も設計デザインをするので、そこは理解できる。
ただ、<異世界>での建築とはいえ、予算、工期、人工を定めたうえで、建築工事は始まっている。
スタートしてから、<原則的に変更はしない>のが、舞波工務店の基本的なスタンスであるし、近年、きちんと利益を出している住宅建築工務店は、ほとんどがそういうスタイルで、現場を進めている。
融通がきかないようにも思えるが、現場というのは、その場その場の思いつきで動いているわけでははなく、大工仕事が〇月〇日に始まったら、2週間後ぐらいに、サッシが入るように段取り、サッシが特注品であれば、特に納期がかかるので、さらにさかのぼって、基礎工事の段階で発注しておく。
そして、概ね2か月後に、内装工事が入るので、その日程にあわせて、事前に内装職人の日程を抑えておく・・・。等、常に先読みをして、段取りをしておくのが、優秀な現場監督だ。
ベテランの監督ほど、このへんのスケジュール管理の読みは絶妙で、ある現場で、いすみが、内装工事のような前工程の進行を受けやすい工事。左官工事や、土間コンクリート打設といった、天候に左右されやすい作業も含めて、着工前に決めていた作業日程をまったく変更せずに、進行させたのを見て、華江は驚いたことがある。
その段取りを行うためには、施主の施工中の変更を防ぐため、舞波工務店では、着工前の施主打合せを徹底的に行うようにしている。
間取りや、窓の大きさ、位置はもちろん、棚や水栓の高さ。コンセントやスイッチの位置まで、<展開図>に記載し、その通りに施工する。
なるべく、イメージと違わないように、3DCGパースを使ったり、キッチンの高さや、機器の取り付け位置は、施主とメーカーのショールームに赴いて、徹底的に検討したりもする。
<工程通り>に進めることを意識しすぎて、施主の要望が反映されな家になるのでは、なんの意味もないので、着工までの時間が多少かかろうが、この作業は決して手を抜かない。
それでも、時折、工事中の変更を施主から受けることもあるが、工程は、その辺も見越して組んでいるので、引渡し日程をオーバーすることはない。
また、「前の工程が終わったから、明日から入ってよ。」なんて言っても、職人の手配がそう簡単に付くわけはないし、腕のいい職人ほど、先の先まで日程が埋まっているので、そんなに急に現場に入ることはできない。
逆に、そんなに直前に声をかけられて、現場に入れるような職人は、仕事がない。腕が良くない職人なので、舞波工務店では、そんな職人を現場に入れることはしない。
<異世界>というレギュラーの職人がいない世界で、自分たちの経験したことのない、工事を行うのだから、未知の作業も考慮したうえ、いすみは工程を組んでいる。
それを、設計者の判断だけで勝手に変更されれば、すべての段取りが水泡に帰す。
特に、現場を知らない建築家や、若い設計者は、工務店や管理者に、相談をせずに、施主と勝手に変更打合せを行い、<この部分をこう変更したので、よろしく!>とFAXやMAILで工務店や管理者に一方的に通告するだけ。
中には、明日から床張り工事を開始するのに、床材の品番の変更をしたりする強者もいる。
それで、予算や工期は遵守せよ・・・。なんてことを言うので、一時期の<建築家ブーム>の際は、これが頻発し、<建築家のシゴトは、もう、請けない!>という工務店が増えてしまった。
いすみの話しによると、安西は、こういったことをする、常習犯で、悪気なくやる。しかも、天下の安西正孝の変更に逆らうことはできないので、やむを得ず、みな従う・・・。ということらしい。
いすみも、スタート前に、安西にきっちり言い含めておいたのだが、現場が始まると、自分を抑えられず、勝手に指示を出してしまうことが頻発している。
いすみに相談しようにも、彼は現在、大泉学園町に帰ってしまっているため、相談できない。
明日も現場は続くし、今日の変更部位についても、どうするか・・・。
華江は覚悟を決め、ドワーフ達が、材料を加工している作業場へ向かう。
安西は作業場の隅の机に、ロール状のレッシングペーパーを広げ、なにやらデザイン画を書き、それを見せながら、熱弁を振るっている。
それを困り顔のシェーデルに見せている。その後ろでは、メテオスも困惑顔でその光景を眺めている。
どうやら、また、変更の指示を出しているようだが、夢中になっている安西はその周囲の空気に気付かない。
華江は大きく深呼吸して、安西に背後から声をかける。
「安西先生。」
「おう!瀬尾君か、見てくれ!吹き抜けの部分の意匠なんだが、屋根の勾配を、あと一寸緩くすると、吹き抜け壁面の開口が大きくなって・・・」
「安西先生。デザインの変更をされたいのはわかります。でも、現場には予算と工期と、ドワーフさんたちの人工があります。変更するな。とはいいませんが、現場責任者である、あたしを通してくれませんか?」
50年以上、建築をやっている安西に対して、釈迦に説法も同然の指摘だが、改めて言わなければいけないこと。と華江は意を決して、安西に言う。
「いや、そんなこと言ってもさ。吹き抜けの部分の意匠を・・・。」
「安西先生!」
「っは、はい!」
いつも、おとなしめな口調の華江の突然の大声に、周りが見えていなかった安西が、我に返る。
作業場のドワーフ達も、メテオスも、目を見張る。
「安西先生に、こんなことを言うのはおこがましいですが、あたしは、この現場を専務から任されています。この現場を、工期通り。予算通りに納める責任があたしにはあります!!」
「異世界の初仕事ですから、なりゆきでやっても、多少予算や工期をオーバーしても、
「・・・・。」
堰を切ったように一気に話し始める華江に、安西はなにも言い返すことができない。
「なにより、あたしはいすみさんに、信頼してもらって、この現場を任されています。それをぶち壊す、安西先生って・・・・。」
「ヒドイと思います!!」
顔を真っ赤にして、震えながら、華江は叫ぶ。
「あ、、あ、申し訳ない。これからは、瀬尾君にきちんと相談してから、進めるようにする。極力、変更も控える・・・。」
「本当ですね!」
「・・・申し訳ない。」
安西は華江に、アタマを下げる。
◇◇◇
「あああああ!!どうしよう!あたし、あんなこと言っちゃった!あんなこと言っちゃった!!相手はあたしより、30以上年上ですよ!しかも、あの安西正孝ですよ!日本が世界に誇る安西正孝ですよ!国立大建築学科卒の現場監督ですら、意見することができない、あの安西正孝ですよ!どうしよう!どうしよう!どうしよう!あたし、安西事務所なんか絶対入れるわけないし、普通の設計事務所にすら、転職できなかったし、最初に勤めてたとこは、クビになったし、そんなあたしが、安西正孝を怒鳴っちゃった!しかも、現場の心得なんて、語っちゃった!おこがましすぎる!どうしよう!どうしよう!メテオスさん!ねえ!どうしよう!!どうしよう!!!!!」
安西が気恥ずかしげに、作業場から出て行ったあと、華江はメテオスに抱きつき、泣きながら、<世界の安西正孝>に意見してしまった、自分への自責の念を叫び始めた。
抱き着かれているメテオスは、華江の豹変ぶりに、困惑して、なにも言うことができない。
安西がイスミ達の世界では、有名な建築士であることは聞いていたので、その安西に、しかも、小さな若い娘が、初老の大男を怒鳴り付けるなんていう場面に出くわしたことも、メテオスは初めてだった。
あかりと田尾が、騒ぎを聞きつけてやってきた。
「あかりさあああああん!!」
今度は、あかりに抱き着き、同様の自責の言葉を叫び続ける。
あかりは、<よしよし>とアタマをなでながら、
「安西先生を怒鳴りつけたんだって。華ちゃん、大したもんだよ。」
あかりが、華江を賞賛する。
「大〇建設とか、〇谷組とかの、大手ゼネコンの監督だって、できないよ。華ちゃんすげーな。」
田尾も感心する。
慰められながらも、<どうしよう。どうしよう!!>と華江は泣き続ける。
メテオスは、そんな華江の姿を、黙って見つめていた。
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