第39話 カンセツワザの宴

シェーデルとの打ち合わせを終えた田尾が、安西の部屋の前を通りかかると、安西と長谷部とレグリンの話す、ひそひそ声が聞こえた。


レーラー師匠・ハセベ、ホルスト会長・アンザイ。やっぱり、そういうことみたいです。」


「長谷部君よ。おそらく今夜だぞ。」


「任せてください。」


田尾が部屋のなかを覗き込むと、安西、長谷部、レグリンの3人が<あっちの世界>から持ち込んだ箱の中身を見ながら、うきうきと話している。


「安西先生、それ、なんですか?」


箱の中身を見ようと部屋に入ってきた田尾を、体を張って3人が止めた。


「「「なんでもない!なんでもない!」」」


「・・・・まあ、いいですけど、あっちの世界から持ってきたものの扱いには、細心の注意をはらってくださいね。ただでさえ、ギルドの連中が、鵜の目鷹の目うのめたかのめで狙ってるんですから…。」


「わかってる。大丈夫だ!お疲れ様、田尾君!」


「また、ろくでもないことたくらんでやがるな。あのバカレーラー師匠と、暴走センセイは・・・・。」


世界の安西正孝に対する、とんでもなく不敬な罵倒を呟き、、一抹の不安を感じつつも、田尾は宿舎へ帰って行った。



◇◇◇



アウグストが気が付くと、彼女は固定された椅子に、足首、手首を縛られて拘束されていた。


「・・・・しまった。うかつだった。」


ドワーフ達が作業を終えた、マイナミ商会の作業場に、手下の2人とともに潜りこんだ・・・。まではよかったが、番号の振ってあるスケール、さしがねと、ドワーフ達の作業教本をふところに仕舞い込んだところで、意識が途絶え、気が付くと、彼女は床に固定された椅子に拘束されていた。


拘束されているのは窓ひとつない部屋で、20歩ほどの歩幅四方の広さの空間だ。

かがり火が室内を照らしているが、薄暗い。


一緒に潜入した2人は、遅れて意識を取り戻したようで、アタマを振って意識をはっきりさせることに専念している。

2人はともに拘束されていないのか、すでに拘束を解かれているのか、動くことができるようだ。


「3人とも、薬を盛られたか、もしくは催眠魔法の類いか・・・。マイナミ商会の仕業だな。のんびりしているようだが、なかなか抜け目がないやつらのようだな。」


だが、甘く見てもらっては困る。

今までにも、ギルドに災厄をもたらす組織への潜入や、新たな商品情報を持つ商会への潜入捜査・・・。ときには、他国の軍隊への潜入を行ったこともある。

ハーフエルフの諜報力と、体術を使った身のこなしで、アウグストはこれまで、<アルテ・ギルド>に、少なくない利益をもたらしてきた。


この程度の危機は軽く切り抜けてみせる。


「2人とも、この拘束を解いてくれ。」


指示を出した途端、かがり火が消えた。

しまった!うかつに声を出すのではなかった・・・。


しかし、数秒ほどすると、再びかがり火が点き、部屋に明かりが戻った。


灯りの方向に、長い脚を組んで、椅子に座っている人物の影が見えた。

逆光なので、顔は見えない。

目が慣れるにつれ、人物の詳細が明らかになる・・・。


椅子に座っている人物の両サイドには、腕組みをして、体をななめにして、こちらを見ている2人の男がいた。

2人とも、上半身裸で、ともに鍛え抜かれた身体が黒光りしている。


3人ともマスク覆面をしており、中央の人物は、目、鼻、口に黒い縁取りがされていて、目の下にはひげのような模様が施されたマスクをかぶっている。マスクのひたいのあたりには、Mという読むことの出来ない、記号が刻まれている。


向って左の人物は、金色のマスクの後ろに、白いたてがみが取り付けられており、ひたいのあたりには、赤い星が取り付けられている。口の部分が大きく開き、牙が生えている。まるで、伝説の獣、トラのようだ。

右の人物は、同じデザインだが、金色の部分が黒く、まるで「黒いトラ」だ。


その異形に戸惑っていると、


「よおこそ。カンセツワザのうたげへ・・・・。」


椅子に座った中央の人物が、地の底から響くような、不気味な声でなにかを宣言した。


「お、おまえら!マイナミ商会の者だな?私たちをどうするつもりだ!!」


「マイナミ商会とはなにかね・・・?我々はうたげを主宰する、<デ・カンセツワザダイスキ・ノカイ>の者だ。私は主宰のマサ・マスカラス・・・。」


両サイドの人物も続く。


「同じく、タイガー・ハセ・・・。」


「同じく、ブラックタイガー・リン・・・。」


「ふざけるな!おい!2人とも、やってしまえ!」


私の指示のもと、2人が同時に、両サイドのマスクをかぶった2人に襲い掛かる。

2人とも潜入のための身体強化魔法で、そう簡単には崩れない肉体になっている。

相手の両サイドの2人とも体格はいいが、限界近くまで身体を強化している2人にはかなうわけがない。


2人ともに、マスク男の首を掴んで、一気に引き倒そう・・・。としたところで、


マスクの二人が、側面から後方へと相手の肩に跳びつき、前方回転して腕を取り、相手にぶら下がるような体制になった。

さらに、親指を天に向かせて、無理矢理、相手を地面に這いつくばらせ、一気に腕を引っ張り、組み伏せた。


まるで、舞踏を見るような、揃った動きで、一瞬にして2人ともに倒され、腕を引っ張られ、動くことができない状態にされた。


な、なぜだ?身体強化だけではなく、膂力も魔法力で上げているのに・・・??この2人は、それ以上の身体強化魔法を使っているというのか?


「これが、トビツキウデヒシギジュウジだ。これで、この二人の右腕は使い物にならなくなる・・・。」


マサ・マスカラスと名乗った男が、パチン。と指を鳴らすと、掴まれている腕から<バリバリ>という音がして、2人の悲鳴があがった。


「あああ、いてええ!腕が!!腕が動かない!!!」


2人ともに、右腕を抑え、苦悶の表情だ。


と、さらにマスクの2人が、それぞれ、2人の後ろへ回り、左足で右足を抑え、自分の左手を相手の右わきに入れ、さらに脇へ入れた、左腕で相手の上体を起こし、右腕で身体を抑えた。


立ったままなのに、からみついた手足に、2人とも身動きが取れず、苦悶の表情を浮かべ、悲鳴を上げている。

強化魔法で強化したうえ、数々の試練を乗り越えてきた、歴戦の猛者の2人が悲鳴を上げるとは・・・。マスクの2人はどんな恐ろしい行為をしているというのか?


「これがコブラツイスト。お嬢さん、カンセツワザのうたげ、楽しんでいただいているかな?」


「ふ、ふざけるな!2人を離して、わたしたちをすぐに解放しろ!」


「お気に召して頂いているようでうれしいよ。だが、まだまだ、<うたげ>は序の口だよ・・・。」



◇◇◇



薄暗いかがり火の灯りを背に、アウグストの目の前で、地獄のような<カンセツワザのうたげ>が続く・・・・。



「これが、マンジガタメ。」


「ひい!」


「これが、ロメロスペシャル。」


「ひいい!」


「これが、オキテヤブリノギャクサソリ。」


「ひいいいい!」



次々と目の前で繰り出される、恐ろしい<カンセツワザ>の連続に、アウグストは震えが止まらず、もう、意識が飛びそうだ。

あの<カンセツワザ>を次に食らうのは、自分だと思うと・・・。


「やめろお!もう、やめてええ!」


暴れるが、きつく締められた縄はほどけることはない。

空しく、椅子ががたつく音だけが、窓の無い室内に響く。


最後に<キンニクバスター>をくらったところで、2人は口から泡を吹いて、失神してしまった。


「さて、次は君の番かな・・・・?」


<マサ・マスカラス>がそう宣言すると、<タイガー・ハセ>と、<ブラックタイガー・リン>の2人が、こちらへ向ってくる。


「いやあああああ!」


絶叫とともに、私は失神してしまった。


薄れゆく意識のなかで、


「ありゃ、気絶しちゃいましたよ。やりすぎじゃないですかあ?レーラー師匠。」


「いや、そもそも、こうやって脅せば、もう、手出ししてこないだろうからって、言ったのは安西先生じゃないっすか。」


「いやいや、この世界では、治癒魔法を使えば、後遺症も残らないから、大丈夫だし、効果的だ。と言ったのは長谷部君だぞ・・・。」


「まあ、大丈夫でしょう。ところで、安西先生、キンニクバスターって関節技でしたっけ?」


「長谷部君、それを言ったら、ロメロスペシャルのどこが、関節技なんだ?」



ああああ、きっとこれは幻聴ね。と考えたところで、完全に意識が途絶えた。


◇◇◇



気が付くと、アウグストは、ギルドの事務所の仮眠室に寝かされていた。


「あ、アウグストさん。気が付きましたね。どうしたんですか一体?朝、来たら、事務所の前に倒れてたんでびっくりしましたよ。


「あ、あの2人は・・・?無事なの?」


「大丈夫ですよ。2人とも立つことも、腕を動かすこともできない状態になってますがね。

呪術魔法のたぐいですかねえ?外傷もないのに、体の筋だけがめちゃめちゃにされてるみたいです。

まるで、体の内部からぶっ壊されたみたいな。まあ、1ヶ月程度、少しづつ治癒魔法をかけ続ければ、治るそうですけど、当分、立ち上がることもできないようです。 一体、なにがあったんですか?」


「カンセツワザのうたげ・・・。」


「え?なんですか?」


「・・・なんでもないわ。」


アウグストは、ベッドから降り、事務所の廊下へ出て、上の階へ向う。


「もう、二度と<カンセツワザのうたげ>はごめんだわ。」


呟いて、エドガルドのオフィスのドアをノックした。

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