第31話 建築家 安西正孝

いすみと安西は、ギルドに借り受けた仮事務所の一室で、設計打合せを行っていた。


<領事館の前に、マイナミ商会の社屋を建てる>と座長である安西に話したところ、「設計は私がやる!」と言って、数日、割り当てられた自室にこもり、一気にPLANを書きあげ、


「いすみ君には悪いが、<我々が建てるこの世界の建物第一号>の設計は、私に譲ってもらおう!」とPLAN図をいすみのところへ持ってきた。


安西のこういった気性は、神戸時代にもよくわかっていたので、いすみは、苦笑いしつつ、PLANを見て、メテオスと相談しながら、魔法力+我々の世界の工法を活用した仮実施図面を作成して、この日の打合せとあいなった。


「安西先生の設計ですが、南側の大きな吹き抜けと、ロフト状になっている設計スペースが、構造上の課題ですね。」


「そうだよなあ。木造でやるとすると、大分スパンを飛ばさなきゃならん。だからといって、田尾君に聞いたが、それほどの大きい梁もつくれないようだしな。」


<スパンを飛ばす>とは、梁の下に柱のない区間が、大きくなってしまうことで、一般的な感覚だと、2間(3.64M)以上、<飛ばす>と、設計者は構造に不安を感じ始める。

そういった場合は、梁の高さ、<せい>を大きなものにするのが一般的で、通常の梁は、10.5CM~12CM程度のものだが、最近では30CMや、部位によっては、43CMなんていうとんでもない高さのせいの梁を使用することもある。

それなりに加工が容易なの木であるが、現在のこの世界の加工技術では、12CM程度のが製材技術の限界・・・。という報告が、田尾からあがっている。


「そこは大丈夫です。ここは<異世界>です。この部位に小出力のゲイアサプライヤを設置して、105×120の通常の太さの梁で、2.25間(4.095M)飛ばします。」


「あと、吹き抜けの部分ですが、これは、<門型フレーム>で躯体を組んだあと、フレームの内側に、<アマルガム>を積み上げて、外壁兼内部意匠とします。」


「手順としては、上棟後、ドワーフさん達に、アマルガム積みをやってもらいます。これは、内装の意匠も兼ねますし、前回の現場で、我々の現場に入っていなかったドワーフさん達の修練にも使えます。

フレーム内に積み上げていきますので、基礎よりも容易に積んでいけますし、多少のずれや失敗も、まあ、意匠のうちとしましょう」


「ずいぶん、あちこちに魔法力の保持をかけるみたいだが、ゲイアサプライヤの出力は大丈夫なのか?」


レ・ブン商会からの大出力ゲイアサプライヤの供給が止まっていることを心配して、安西がいすみに言う。


「それは、大丈夫です。」


と言って、メテオスと相談して、作り上げた「魔法構造図」を安西に提示する。


<放浪教師>を雇って、定期的な文字の講習会は、スタッフ一同、受けてはいるが、こちらの世界の文字の取得は、まだ完全ではないため、この図面は我々の世界の言語、数値で書かれている。


安西のPLANを、いすみが仕立てた実施図のところどころに、50CM四方の空間がいくつもつくられている。


「この部分が、各部位のゲイアサプライヤ設置庫です。壁面、屋根面、構造躯体等、今回は、小出力のサプライヤを15個使用します。」


「ずいぶん、たくさん使うんだな。魔法力の伝達?というか、魔法力(?)の具合は大丈夫なのか?」


安西も、メテオスから小出力の魔法力は、通す道筋や形状を考慮しないと、うまく働かない。といった簡単なレクチャーを受けているので、おおまかな部分は理解したうえで、設計を進めている。


「それは、正直、なんとも言えません。メテオスさんには、一般的に購入できるゲイアサプライヤーの出力を計算しつつ、この個数を出してもらいましたが、躯体の形状によっては、やってみないとわからない。と言うことでした。」


いすみの、若干気弱な発言だが、安西は、


「いいんじゃないか?トライ&エラー結構。」


「それに、この図面もですが、メテオスさんの通魔法力の計算や、構造の検討で、PLANも私の方で、随時修正していきますので、本実施図を描く前に、相談させていただきます。」


「ますます結構!いすみ君に任せておけば、意匠のコンセプトを生かしつつ、構造のを合わせてくれるだろうしな!」


「神戸時代を思い出すな!いすみ君!」


安西の楽観的な言葉に、いすみは苦笑いする。


今回のいすみの役回りは、設計者と構造を検討する・・・。我々の世界でいうところの<構造事務所>にあたるポジションをメテオスがやるため、この両者の意見をとりもちつつ、形にしていくプロデューサー的な役割になっている。

こう言うと、簡単なようだが、意匠担当の者は、好き勝手にPLANを書いてくるし、構造担当の者は、「こんなPLANでは、構造が成立しない!」と両方から責めたてられるため、<あちらを立てればこちらが立たず・・・。>的になってしまう、なかなかハードなポジションなのだ。

しかも、設計者の意匠コンセプトを把握して、構造の変更事項を意匠に反映する能力も必要とされるため、設計だけ。構造だけしかできない。という人材には、出来る仕事ではない。


意匠設計を行う建築士は、概ねの構造については、基本知識として、把握してはいるが、教科書通りの構造数値では、いいものはできないため、構造事務所と、<ここまではできるか・・・?>といった、のせめぎあいを、やり続けるのが一般的だ。


ただ、安西正孝という建築家は、こういったについて、いつも度を過ぎてしまう。

どう考えても、こんな形状は無理だろう。というような意匠を平気で提案してくる。

いすみも、神戸の事務所時代、今回のようなポジションでの、安西との仕事を何回かやったが、安西の無茶ぶりな提案と、常識論を振りかざす構造事務所の間で、何度も身が細る思いをしてきた。

さらに、安西は、でPLANをどんどん変更してしまうため、数カ月をかけて、せっかく成立させた、構造計算が、安西の新たな提案で、すべて御破算になってしまうこともあった。



◇◇◇



「屋根と外壁はどうする?」


躯体以外の部分の検討に移る。


「屋根は、我々の世界の意匠と同様ですが、マイナミ商会のランドマーク的な建物になるため、この世界ではあまりみられることのない、雨を逃がす勾配を思いっきりつけましょう。」


「勾配は5寸程度として、片流れとします。」


〇寸勾配とは、屋根の勾配を表す数値で、屋根材の種類によって変えるもの。

近年、よく見かける<スレート瓦>は、3寸程度。

瓦屋根は、概ね5寸程度が標準的だ。


<垂木>は、一般的なサイズの60×45

「屋根仕上げのときは、ウチの大工にこちらに来てもらって、屋根と破風の造作をドワーフさん達に仕込んでもらおうと思ってます。

屋根材は、雨に強い、杉板のような材が見つかったので、これを葺き(ふき)ます。

雨仕舞に関しては、水はじき系の魔法を使わないで、<おさまり>でなんとかしたいと思っています」


「また、門型フレームが、になりますので、軒の出は、大きく。壁芯から700程度取ろうと思っています。

これだけとっておけば、躯体に雨がかかる時間を減らせるでしょう。


外壁は、アマルガムに強化魔法をかけますので、それである程度の防水がみこめるそうですし、こちらも、軒の長さである程度カバーできるでしょう。


計画の概ねの方向性を安西に説明して、了承を得たところで、いすみは実施図面作成と、工事の段取りにかかる。

これは、我々の世界も、異世界もやることはかわらない。

数日かけて、図面を仕上げたいすみは、現場を仕切る田尾と、華江との打ち合わせを設定する。



※ 安西センセイのラフスケッチ、ツイッターにUPしました!

https://twitter.com/4569akk/status/1037659301836337152


※ 9月7日追加。

 カリュクス門型フレーム+アマルガム耐力壁イメージ、ツイッターにUPしました。


https://twitter.com/4569akk/status/1037920040513757184



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