第30話 ドワーフ達の村

いすみの、マイナミ商会社屋建設表明の数日前、田尾と華江は、草原の一本道を荷車に乗って移動していた。


出発してから丸一日。

昨日は草原の駐留地で野営し、現在に至っている。


「こっちに来たばっかりで、悪いね。しんどくないかい?」


田尾が華江を気遣って声をかける。


「大丈夫です。店舗と新築現場の連チャンにくらべれば、楽なもんですよ」


華江が答える。


これは、決して強がりではなく、20代後半の若い女性とはいえ、華江には、いすみや田尾と同様、数々の現場をこなしてきた「現場監督」としての<タフさ>が備わっている。


各工程の調整、不条理なクレームをつけてくる現場の隣人。施主から預かった予算の調整、仮設トイレの清掃管理まで。現場の全方向に気を配らなければならない、<現場監督という仕事>を日常、こなし、同時に、設計士として、行政とのやりとりや、建物の品質の<監理>仕事まで、同時に行う舞波工務店の日々に比べれば、アタマをからっぽにして、荷馬車に揺られるだけ。という1日は天国みたいなものだ。


「それにしても、華ちゃん、タフになったよねえ。いすみのとこに来たときの、ヤワな感じが、もう、まったくないよね。いすみが一番信頼しているのもわかるよ。」


田尾の言葉に、華江は笑顔を返す。


舞波工務店に勤め始めたころは、田尾とプライベートで会う機会が多かったため、田尾の言う<ヤワな>部分をよく知られていた弱みか、華江は田尾をなんとなく、意識してしまう。


田尾は、いすみのように、貴公子然としたところがないし、外観も優れているとは言い難いが、にじみ出るやさしさと気遣いは、周囲の者を安心させる。

この世界に来てからも、そんな調子でドワーフ達の心をつかんでいるんだろうと思う。


いすみとは、別方向の魅力が彼にはある。


彼らが向かっているのは、ガンボの町で、田尾が共に仕事をした、ドワーフ達の村だ。

次の仕事の自分たちの社屋建設。その次の領事館建設にあたり、再度、仕事を依頼する話をするのと、彼らの長(おさ)に、あいさつをしよう。ということにしている。


田尾は、彼らと仕事を共にしたので、旧知の仲だが、今後、ドワーフ達の仕切りをすることになる華江にも、彼らと面通しをさせておこう。と同行させている。


「見えてきましたよ。あそこですね。」


護衛兼、荷車の御者を務めるレグリンが言った。

彼は、ガンボの町での長谷部との<熱戦>後、「ガンボ衛兵最強の男」として、名声を得たが、長谷部の格闘術に心酔し、町の衛兵を辞め、長谷部とともに、マイナミ商会の護衛職についている。

あのあとも修練を重ね、この世界にはない体術を次々と身に着けてきたので、長谷部曰く、「素手で戦えば、自分に次いで衛星都市最強。」とのお墨付きの実力者になっている。


ドワーフの村に入り、この世界の基本的レイアウトの中心地の井戸広場に荷車を止める。

さっそく、ガンボの町で共に働いた面々が、あちこちから出てきた。


「タオ!待ってたぞ!」


例の水平器や、オオガネを作った、彼らの取りまとめ役・・・。シェーデルが、代表して迎えてくれた。


「久しぶりだな。また、会えてうれしいよ」


「・・・ドワーフ同士?」


挨拶を交わす田尾とシェーデルの後姿を見ながら、甚だ失礼な感想を抱く華江。

体型が似通ってるところも、ドワーフと仲良くなった原因なのかな?とさらに失礼な感想を抱く。


「お、この娘(コ)は、タオの嫁さんか?」


「違う違う。彼女はイスミの嫁さんだ」


誤解とフライング気味のシェーデルと田尾の言葉だが「どっちでもうれしいなあ。」とちょっと複雑な思いがある。


「はじめまして。セオハナエです。」


「ハナエか!宜しく頼む」


2人も握手を交わす。その大きな手のひらと、皮膚の分厚さに、華江が日ごろ付き合っている、職方と同じものを感じる。


◇◇◇


「タオよ。これが俺の工房だ。」


打ち合わせの席に就く前に、シェーデルが、自分の工房に、田尾を案内する。


工房に入り、彼の作った作品を見て、田尾も華江も驚く。


メテオスが使っているもの以上に、精巧な荷車の車輪。

なにかの動物をかたどったのか、木製の彫像。

それらを加工するための、鍛造した鋼製の道具。


「シェーデルさん!これ全部、ご自分で作ったんですか?」


「そうだよ。俺だけじゃなくて、この村のほとんどの連中は、このくらいのものを作れるぐらいの技術を持っている。

ただ、魔法力を逸ることを、まったく考慮してないから、価値は二束三文だがね」


◇◇◇


一通り工房を見た後、居間に案内され、お茶と簡単な食事を出された。

居間のテーブルも、椅子も見事な造形で、文字の読み書きもできず、正規の教育を受けたことのない彼らが、ここまでの精度のものを作れるセンスと技術には、本当に驚く。


ただ、お茶を出してくれたシェーデルの奥さんの服装は、小奇麗ではあるが、年季が入っているし、シェーデルの娘らしい、同席している愛らしい女の子の履いていた靴は、見事な修復がなされているが、根本的な古さはカバーできない。

住んでいる家屋も、ゲイアサプライヤを使っていないせいか、10帖ほどの質素な建物だ。

雨をうまく逃がせていないのか、壁や天井のあちこちにシミが目立つ。


華江は思っていることを、思わず口に出してしまう。


「・・・なんで、ここまでできるあなた達が、アマルガムを積むだけの単純労働なんかやってるんですか!?」


「・・・華ちゃん。」


暴走気味の言葉を紡ぐ、華江を抑えるように、田尾がたしなめる。


「あ・・・。ごめんなさい。でも・・・。」


「ありがとう。でも、魔法を使えない。。我々は、こんなものをいくら作っても、評価されることはない。当然、収入にも繋がらない。だから、単純労働をするしかないのさ・・。まあ、気にしないでくれ。」


ここまでの技術を持っているにも関わらず、それを正当に評価された生活をしているとは言い難い彼らに、自分たちの世界でも、普通の人達が、手頃な価格で住まいを手に入れられるように、作業ができる技術を身に付け、たくさんの人を日常的に幸せにしているにも関わらず、<一流建築家>や、<宮大工>等の<メディア映え>する人々に比べ、収入面でも、待遇面でも、決して高く評価されていない、自分達の世界の<普通の職人さん>達とオーバーラップしてしまい、華江は感情の高ぶりを押さえることができない。


「それでも、タオとイスミは、こんな俺たちを評価してくれ、これからのかてを得るための<技術>を授けてくれた。これからの収入の見込みも立った。また、一緒に仕事ができるのが楽しみだよ。」


シェーデルは、華江と田尾に、あくまで静かに、感謝の言葉を綴る。


◇◇◇


いくつかの打ち合わせと、日程についての取り決めをしてから、ドワーフ達に見送られ、昼過ぎには村を出た。

昨日、野営をした居留地まで、明るいうちには到着しておきたい。


「田尾さん、でしゃばって、すいませんでした・・・。」


「気にすることはないよ。でも、確かに、あいつらは、あれだけの技術と勤勉さを持ちながら、楽な生活をしているとは言い難い。むしろ、生活に困窮している。

現場の<人間>たちよりも、はるかにまじめに働いていながら、給金は半分だ。」


「せっかく、技術を持っているのに、おかしいです!なんで、彼らは社会の最底辺扱いなんですか?」


「魔法だよ。とにかく、この世界では、魔法でなんでも出来ちまうから、実際に手を動かせるモンたちは、評価されない。あれだけ優れた技術を持っていてもだ。」


「確かにその国や世界によって、価値観の違いはあるだろうよ。この世界では、それは人間であることと、魔法が使えることだね。

でもね、あれだけの価値を持っているあいつらがないがしろにされ、使。というだけで、俺たちがガンボの町で会った半端モンみたいな連中が、あいつらより優遇されたり、高給を得るのは間違っていると俺も思う。」


「まあ、俺たちの世界も同じようなもんだがな。」


田尾の言葉に、華江は考える。


何年も勉強して、建築士の資格を取り、設計する技術を身に着ける。


何十年も修業して、施主さんから、お金をもらえる技術を身に着ける。


そんな人たちが、たまたまいい大学を出た。大きな会社に勤めているというだけの人達より、評価が低く、収入面でも、低いのはおかしいと思う。

確かに、高い学歴や、いい会社に入るには、相応の努力をしたのだろう。であれば、そういった人たちと同じように。イーブン公平にに評価されるべきだ。


さらに、相手の批判をするだけのやつが、実際に考え、手を動かしている人たちよりも、高く評価され、信頼されるなんておかしい・・・。

もう、振り切ったつもりでも、未だに、あの嫌味な銀縁メガネの人物の表情が浮かんできてしまい、そのたびに吐き気を催す。


「いすみも俺も、ガンボの町で現場をやりながら、有能でありながら、不遇な立場に追い込まれている彼らを本当に不憫に思っていたし、不条理に思っていた。なんとか、機会があれば、彼らを引き上げてやりたいと思っていた。」


「俺たちがいつまでこの世界に居られるかはわからない。

だから、俺たちがこの世界を立ち去る前に、アイツらには、できるかぎりのことを伝え、身に着けている技術や才覚に見合う、成果や報酬が手に入るようにしておきたいんだ。

これから始めるおれといすみの仕事は、アイツらの地位向上のためでもあるんだよ。」


「・・・。」


「だから、君を呼んだんだ、手伝ってくれるかい?」


田尾さんは熱く語る。


「大丈夫です!任せてください。この世界でもあたしのプロジェクト、発動しますよ。」


「宜しく頼むよ。華ちゃん。」


夕暮れの空をバックに微笑む、田尾の表情に、「あたしのまわりって、ほんとに素敵なひとたちばっかりだなあ。」と思う華江だった。

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