第32話 地鎮祭

段取りが着々と進む、マイナミ商会社屋の施工段取りだが、いすみと田尾には、ある懸念事項があった。


「この世界には、ってあるんだろうか?」


アルテに提供された、仮社屋にて、段取りの打合せを行っている合間、いすみが田尾に聞いてみた。


近年は、行われることがめっきり減ってしまった地鎮祭や上棟式だが、工事を請け負う側としては、施主のため・・・。というよりは、自分たちの施工中の安全や、スムーズな進行を願う・・・。という意味合いもあって、施主が行わないという場合でも、地鎮祭の場合は、敷地の4隅。上棟式の場合は、4隅の角の柱の根元に、酒、塩、水を撒くといった簡易的な儀式を行うことも多い。


行われることが少なくなってしまったため、最近では、地鎮祭を仕切れる監督も少なくなってしまったが、いすみと田尾は、設計段階から施主と関わるため、これらの儀式を仕切ることもできる。


「メテオスに聞いたところ、着工前のそういう儀式のハナシは聞いたことないな。そもそも、この世界の神様についても、今一つよくわかんないだよな?」


田尾が、メテオスからのヒアリングをいすみに報告する。


◇◇◇


ということで、マイナミ商会の<アルテ・ギルド>サイドの現在の窓口兼、お目付け役の、アウグストに聞いてみることにした。


アウグストは、ギルドとの交渉の席に同席していた女性で、エルフと人間のハーフ・・・。ということしか前情報のない女性で、メテオスと同年代くらい。我々の世界では、30代前半ごろ。という見た目だが、その生い立ちから、実年齢はわからない。

細長く目立つ耳に、銀縁メガネの下の細く、薄い色素の翠眼すいがんに白っぽい金髪。いわゆるクリーミープラチナブロンド・・・。という、ファンタジーなこの世界そのものの外観の怜悧な印象の女性だ。


「この国の宗教・・・。という概念は私には理解できませんが、建設にかかわる神としては、地の神<ゲイア>、レンガや石材等の建材の神<ツィーゲル>ですね。その他、労働の神<トラヴィーユ>等、行為に関する神も存在します。

あなたたちの国のように、万物に神が宿るといったところは、似ているかもしれませんが、私たちにとっての神とは、そこらにいるものであって、別に敬ったりするものではありません。」


「ただし、魔法神<アムレート>だけは、この世界の絶対の力・・・。魔法力を供給してくれる存在として、建設完了後、ゲイアサプライヤを設置する際、貢物を添えることはあります。ただ、最近では、あまりやる魔法士はいませんね。」


絶対唯一の神の居る国では、人種の違いや思想の違いによる、差別や迫害が起こりやすいものだが、この世界では、神様の多い宗教形態でありながら、絶対唯一の力である、「魔法」が幅を利かせているため、それが、絶対神のような思想を生み出しており、過剰な差別や迫害は、特に発生していないようだ。

アウグストの言う<アムレート>のような絶対神的な存在だけは、おまけのようにいるようだが。


「その…、神様たちが怒って、人々に危害を加えたりするといった考えはないのでしょうか?」と、いすみが、我々の世界の<ノアの方舟>なんかの大災害の話しをする。


。あったとしても、我々はには負けません。」


「俺たちの国では、地の神様に建物を建てるための許可をいただく・・・。地の神を鎮める・・・。という意味合いの<地鎮祭>っていうのをやるんですが・・・。」


田尾がさらに、地鎮祭について聞いてみる。


「なぜ、許可を得なければいけないのですか?鎮めるって?そもそも、許可を得なければ、工事中に災厄をもたらすとは?あなたたちの神は、供物をもらって、敬われなければ、癇癪をおこして、暴れる子供ですか?」


「・・・いや、そういうわけじゃないんですがね。」


神を恐れ、、敬う国の宗教観の一環は、自然災害の頻繁な発生にもある。


「神よ、お怒りにならないでください。我々に平穏な日々を・・・。」


と、人間の力では、どうにもならない自然災害が起こらないように、祈るあまり、「神」という存在に対して、祈り、供物をささげる。

こういった感覚がないということは、この世界、この国に自然災害があまり発生しない。ということか。

強力な強化魔法がかけられているとはいえ、建物に、耐震性を考慮した設計が行われていないことや、水害等を考慮した地域への建設等が行われていないのからも、それは見て取れる。


至極、ドライな感想で、とにかく、この世界の神というのは、虫や草木のようなもので、いても構わないけど、特別大事にしたり、敬い、恐れる存在ではない。ということらしい。


ここも、魔法という、絶対的なチート力が存在する世界のドライさというか、常日ごろから、そんな超常現象が日常になっている世界では、そういった、宗教上の概念のスタンスが徹底的に違うようだ。


だが、建築屋というのは、普段やっていることをやらないとなると、いまひとつ、不安になるもので・・・。



◇◇◇



「四隅、糸張ったぞ。」田尾が敷地のなかに、建物の外形を糸で張る。


「はい、安西先生はお酒、専務は塩、メテオスさんは、お水、シェーデルさんは、お米の代わりに豆です。」


華江が、今回の施工のメインスタッフに、それぞれの供物を渡していく。


盛砂もりすなできたわよ。」

あかりが、円錐形に盛った砂を用意する。


「まあ、結局、我々の世界の簡易地鎮祭をやるってことで、まとまったわけだね。」

安西が、いすみに聞く。


「そうです。アウグストさんの話しですと、地鎮祭という考え方は、この世界にはないらしいんですが、やっぱり、なんかやらないと、気持ち悪いんで・・・。」


「ふーん。これが、イスミたちの国の着工前の儀式ってわけだね」

安西の問いかけに対する、いすみの説明に、メテオスも了解する。



ので、祭壇と四方竹はなし。お供物もなし。

建物の計画糸の四隅と中央に、4人で酒、塩、水、豆をまく。


最後に、安西、メテオス、シェーデル、いすみの順に、「えい!えい!えい!」とできるだけ大きな声を出しつつ、それっぽくつくった木製のくわで、盛り砂を突き崩す。

メテオス、シェーデルは、要領ががわからないので、最後に完全に突き崩すのと、砂を平面に均すのを、いすみが行った。


こっちの世界の神様事情を、完全に無視した行事だったが、こういった行事を行うと、建築屋は、<さあ、はじまるぞ!>と気持ちが引き締まる気がする。


計画地のまんなかに撒いた豆を、さっそく鳥がついばんでいるのを見て、こういった光景は、どこの世界でもかわらないな。と思ういすみだった。





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