第35話 シゴトはミテヌスメ

マイナミ商会の建設工事が着工した。


基礎工事はいすみの仕切りで、シェーデルを<親方>としたドワーフ達が行っている。

基礎の高さ、位置決めは、例の簡易水平器を使わず、我々の世界の工法と、魔法のアレンジで行っていく。


まず、おおむねの建物の位置は、糸で外形を決めたあと、遣り方やりかたと呼ばれる、木枠で、建物外景を囲い、概ねの間隔で、杭を打っていく。

次に、我々の世界から持ち込んだ、透明なチューブに水を満たし、<大体の>高さまで入れていくと、サイフォンの原理により、チューブの両端の水面の高さは同じになる。それを基準値として、杭に印をつけておく。

<板>の上端を、印に合わせ、建物外景を囲むように、板を打っていく。

この基準は、概ねのものだから、地盤面を任意に設定して、「そこから何センチ下」が、基礎の高さと設定し、建物の壁中心線に糸を張る。それが、基礎の上端の高さになる。


建物のカネ直角は、例の大矩オオガネを使って、出す。

今回は、我々の世界の寸法で建てることにしたため、持ちこんだ、<スケール>や、<さしがね>をドワーフ達にも使わせているので、我々の世界の寸法で作業を進めている。

これで、基礎の「高さ」とカネ直角が出るので、その糸の下を、30CMほど掘り、3段ほどアマルガムを積み、3段目のアマルガムが半分ぐらいの高さで、地表に出ていくようにする。


その後は、糸に触れる高さまで、正確にアマルガムを積んでいく。


カネ直角と、基準を出し、正確な「イギリス積み」で積んでいくので、地中部分も含め、10段ほどの高さになるにも関わらず、ガンボの町の施工の最初のころのように、崩れることもない。


視察という名目で、いすみたちの技術を盗み取ろう・・・。としていたアウグストをはじめとした、アルテ・ギルドの面々は、10段もの高さを、強化魔法なしで積み上げ、成立している状況と、ドワーフ達の見事な技量に驚く。

いすみが<遣り方>を出すと、何もいわずとも、ドワーフたちは、黙々と作業を進めていく。

視察に来ていた、アウグストと魔法士は、見たことのない基準値の出し方に、興味津々だが、ドワーフ達に教えを乞うのは、彼らのプライドが邪魔してできない。

いすみに教えを乞おうにも、話しかけようとすると、タイミングよく、他の場所に行ってしまうため、なかなか聞くことができない。


以前の交渉で「我々の技術を伝えましょう。」と話したいすみだが、すべてを伝えるつもりはない。

見て、盗むのは勝手だし、聞かれれば答える。という建前のもと、ギルドにも自由に見学をさせているが、あえて、積極的に教えるつもりはない。というのが、「マイナミ商会」の方針だ。


ギルドの面々は、ドワーフに聞くこともできないし、現場でうまく立ち回るいすみに直接聞くこともできない状態に陥っている。

仕方なく、見たものをメモして、大体の想像で判断をするしかないのだが、オオガネづくりのときのように、現状の進め方を見ただけでは、わからないことも多い。

作業が進むにつれ、交渉の場で、安西が<祖国の技術を伝える。>と言ったにもかかわらず、この状態では約束違反ではないか。とアウグストをはじめとした、ギルドの面々は思い始めていた。


対して、ドワーフ達には、田尾が事前に<講義>を行い、作業の意味や、内容を座学で学ばせ、一度、練習をしてから、実作業に挑ませているので、現場で戸惑うことはなく、さらに技術や施工方法をどんどん体得していった。

これは、技術的にも、能力的にも優れているドワーフ達を、なんとかしてやりたいといういすみと田尾の考えの一環で、彼らには、取得した技術は、できる限り、ドワーフ達で秘匿し、むやむに教えないよう。特にギルドには簡単に伝えないよう、言い含めてある。

大出力のゲイアサプライヤーが使えない状況が、このまま続けば、ゲイアサプライヤーを使わないで、建物を建てることができる技量を持っているのは、彼等だけになるはずで、その技術は高価で、貴重なものとなり、唯一、その技術を持っている彼らの社会的地位は自然と向上するはずだ。

また、大型ゲイアサプライヤの供給が再開されたとしても、大型サプライヤを使わなければ、建築コストは大幅に下がるはずなので、安い建物を求める人々からの受注を得ることができる。

そうすれば、彼ら「直請け」の仕事を、今後も継続して作っていくことも、将来的に可能なのではないか。というのも狙いだ。


いすみたちは、いつまでこの世界にいられるかわからないが、優秀である彼らが、これからも収入の低い、単純労働だけで生きていくことなく、技術を持った職人や、技術者として、技量に見合った生活や地位を得てほしい。というのが、いすみ達の考えだ。


さらに、自分たちも、今後、行われるギルドとの交渉や、双方のポジショニングを優位に進めていくためにも、優位な対抗カードは多い方がいい。ということで、マイナミ商会は、<見せるが、積極的には教えない。>という姿勢を徹底している。


着工してから20日目。アマルガム製の「基礎」が完成すると、メテオスが、こぶし大ぐらいの小型ゲイアサプライヤを持ってやってきた。

これを、躯体の中心に埋め込み、強化魔法をかける。

すると、微妙な誤差が修正され、強固で、精度の高い「基礎」が完成した。


「見事なものですね。ただ、これくらいの段数の仮固定で使うには、ちょっと強力すぎるゲイアサプライヤのようですが・・・。」


アウグストが、いすみに質問する。


「ああ、これは、仮固定じゃないよ。本固定のサプライヤさ。この建物が完成しても、このサプライヤは外さないし、この建物がある限り、この「基礎用サプライヤ」は機能し続けるのさ。」


アウグストの質問に、いすみではなく、メテオスが答える。


これが、今回の<魔法と我々の世界の工法のハイブリッド>のかなめで、基礎、躯体、屋根。といったように、小出力ではあるが、恒久的に魔力を出す、安価なサプライヤを、部位ごとに使う。

この工法を行えば、大型サプライヤよりもはるかに安い小出力のサプライヤだけで、恒久的な固定はできるし、施工中にも、のサプライヤを使わなくて済むので、その分のコストも安くなる。


ただし、いきなり、本固定にしなければいけないので、躯体の精度は、それなりに、きちんとしなければいけないのだ。


「まあ、魔法の出力値の計算と、指向の方向については、検討が必要だから、アタシたち魔法士の仕事は増えるけどね。」


部位ごとに、小出力の魔力をかける。ということは、建物の形状によって、魔法力が効いている部位と、足りない部分が出てしまう。

仮固定なら良いが、本固定の場合はそれでは都合が悪い。

今回の基礎の場合も、と、の配置を計算する、いわば、が必要になってくるので、魔法士の負担と、工数は増えている。

当然、その分のコストは、魔法士メテオスには、割り増し分として支払いをしている。


「いきなり本固定ですか。確かに、我々も考えてみたのですが、魔法力に頼り切っている我々には、なかなか難しい課題でした。ぜひとも、この工法を私たちに教えてほしい。」


アウグストが再び、いすみに話しかけるが、


「うーん。メテオスさん。あそこのアマルガムの形状が気になるんですが、魔法の通りはどうですかね?」


と、いすみはアウグストの言葉が聞こえないかのように、メテオスに話しかける。


「わかったよ。」といって、メテオスは<魔法構造図>を持って、アウグストに、愛想笑いをしながら、いすみの方に向かっていく。


「ちょっと!」


とアウグストは、いすみに不満の声を上げる。

メテオスは立ち止まり、アウグストに向かって、


「悪く思わないでくれよ。いすみの国では、技術は教えてもらうんじゃなくて、<シゴトはミテヌスメ仕事は見て盗め>って言うらしいんだ。一から十まで教えてもらうんじゃ、技術は身に付かない。っていうのが、あいつらの国の仕事に対する基本的な考えらしい。

イスミもタオも、そうやって一人前になったから、あんたたちに意地悪してるわけじゃないんだよ。

だから、現場への立ち入りは、自由にさせてるんだろ?、イスミ達は口ではなにも教えないんだよ。とにかく<シゴトはミテヌスメ>仕事は見て盗めだよ。」


「なるほど。」とメテオスの言葉に共感した、同行している魔法士は、いすみとドワーフの一挙手一動作を見逃さないように、作業をしている彼らの近くに行ったが、アウグストはいまひとつ、納得できない。


「メテオスさん、ありがとうございます。ドワーフさん達のためとはいえ、直接聞かれたら、断れないところだったんで、助かりました。」


「気にすることないよ。アタシもこの仕事をドワーフ達と独占できれば、ひと財産築けそうだしね。」


かくして、アルテギルドの間では、<シゴトはミテヌスメ仕事は見て盗め>が流行語となり、作業しているいすみたちに質問することなく、黙って見つめる数人が、常に付きまとうようになった。



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