第36話 上棟!


晴れわたる空の下。


マイナミ商会社屋の上棟作業が行われていた。

事前に組み立てられていた<門型フレーム>が、次々に起こされ、アマルガム製の基礎の上に建てられていく。

クレーンはないので、いすみ、田尾、護衛仕事がないときは現場作業員の、長谷部、レグリン。そして安西も、ドワーフたちと一緒に、屋起こしのロープを引く。


「いやあ。上棟作業なんて、何十年ぶりだろうな。」


西になってから、上棟作業どころか、現場仕事も久しぶりの安西だが、さすがの経験値で、テキパキと作業を進めていく。


「さすがねえ。最近は施主さんへのだけで、現場に来て、おたおたしてる、建築家さんが多いけど、やるもんね。」


思いのほか、安西をみて、あかりが華江に話しかける。


「そうですね。あたしの勤めてた設計事務所も、所長どころか、所員さんも、上棟作業に来ることなんかなかったですからね。」


今回、田尾と共同での現場監督になっている、華江が、あかりの言葉をうけて答える。

ただ、現場作業員は、あくまで現場の仕事。設計者は、自分の仕事である設計の仕事をきっちりやっていれば、無理をして、現場に来る必要はない。と、舞波工務店に来てから、設計も施工も行うポジションになった華江は思っている。

設計者に、おっかなびっくり現場で動かれると、から、そんな時間があるならば、その時間を使って、自分の仕事である、図面を書いたり、要所要所の<監理>をもっときっちりやってほしい・・・。なんて思うのだ。

某テレビ番組で、<建築家>が荷を運んだり、作業の手伝いをするシーンが映る度、<こういう演出、やめてくんないかなあ?>と華江はいつも思っている。


組み上がった<門型フレーム>は、このときは<仮ゲイアサプライヤ>で固定するので、メテオスの出番だ。


起こされた門型フレームを、両サイドから、ロープで引っ張る。

すでに、躯体の中心部には、<上棟分>の仮サプライヤが設置してあるので、呪文詠唱を行う。

すると、<下げ振り>を使わなくても、魔法が導通した、カリュクス製の門型フレームは、垂直にアマルガム製の基礎の上に固定される。


「こりゃすごい。確かに、こんな技術があれば、基準やカネをとる必要なんか考えようとは思わなくなるな。」


魔法を使った、工法をはじめて目の当たりにする、安西が驚嘆の声をあげる。


「そうでもないさ。今回の工事は、基礎のアマルガムと、門型フレームの精度がきっちり合ってるから、一発でこんな風に決まるのさ。魔法導通効果のあるカリュクスをアマルガムの上に設置することによって、結合の強度も増しているはずだよ。あんたたちの技術がなけりゃ、こんなにいっぺんに、大がかりに建てることはできないさ。」


いつもは、ちまちまと、少しずつ積み上がっていく、しか見たことのない、見学中のアルテ・ギルドの魔法士達は、次々と起き上がっては、魔法力で仮固定されていく門型フレーム群に、もう、言葉もでない。


ギルド長のエドガルド、ガンボの町から、やってきたルクレードも、同様の反応を見せていた。


<上棟作業>は、朝には、基礎しかないところに、夕方には、躯体が立ち上がっていくところを見ると、建築に縁がない普通の人々は、我々の世界でも驚くが、<建築物というものは、時間をかけて、地道にできていくもの>という考えの、この世界の面々にも、事前に躯体を正確に作っておき、それを一気に組み上げるという発想はないため、さらなる驚きとなっている。

なにより、いつも、<魔法>で建ってしまうわけだし、建築の工期に関しても、それほどこだわっているわけでもないから、こういった一気に組み立てていく方法を考える者がいても、実行することもなく、<そんなことして、どうなるの?>で終わってしまっていたのが、この世界の建築だ。

ただ、そう思って、行わなかったことであっても、実際に形になっていくものをみると、考えを改めざるを得ない。


躯体を一気に組み上げるということは、その分、<人工にんく>が減るわけであるし、材料を供給する<運賃>も少なくてすむのだ。

建築仕事しか見ていない魔法士と違って、ギルドの面々は、建築を<商売>として見ているのだから、経費がかからない方法というのはとにかく魅力的だし、工期が短くて済むということは、短いスパンで、たくさんの建物を建てることができるということで、同じ期間で、ことができる。

ガンボの町のイスミ達の働きを聞いてはいたものの、実際に彼らの考えた工法を目の当たりにすると、エドガルドもアウグストも。それほど大規模でなかったガンボの町の現場しか見ていなかったルクレードも、驚きしかない。


この世界には、クレーンはないが、広々とした敷地と、人手がある。

すべての門型フレームを、全部並べて、どんどん組んでいくというぜいたくな敷地の使い方ができる。

アルテ・ギルドから、マイナミ商会にあてがわれた敷地は、井戸広場の外周・・・。森のすぐ脇という、決して、商売には向かない場所だが、いすみたちは、べつに率先して商売をするわけではないし、井戸広場に面しているのであれば、むしろ、背後に森がある分、どんどん自分達のスペースを拡張できるのでは。と考えている。

そんな、井戸広場にいた人々も、朝は、基礎しかなかった敷地に、いつのまにか、何本もの門型フレームが立ち上がり、建物の形が出来てくると、物珍しげに集まってきた。


「すげえな。朝には、腰ぐらいまでしかなかったんだぜ。」


「あれは、木で作ってるのか?あんな細い柱と横材で、保つもんなんだ。」


門型フレームを仮ゲイアサプライヤで固定したあと、これも、事前にドワーフ達が、仕口加工をしておいた<梁>を嵌め込み、釘で固定していく。

今回、ドワーフ達が使っているのは、釘はこの世界のものだが、げんのうかなづちは、我々の世界から持ち込んだものだ。

身軽なドワーフ達は、梁の上に、曲芸のように上がっていき、次々と固定していく。


いすみも田尾も、梁に登り、釘を打ち込むポイントをドワーフ達に指示していく。

さすがの安西も、これはできない。


と、調子に乗った若いドワーフが、足を滑らせ、バランスを崩した。

あっ!と思うまもなく、7M以上は下の躯体のなかへ落下していく。

事前に張られていた、床板に激突して、大ケガ・・・。と皆、思ったところ、床が不自然にバウンドし、落下した若いドワーフの体が2回、3回と弾んで、止まった。


華江があわてて、転落した、若いドワーフのもとへ駆け寄る。


「大丈夫ですか?!」


「おう!大丈夫!メテオスさんので助かった」


いすみは、現場の安全管理にも、魔法を活用した。

例の、ペラペラな薄い板を<固く>強化できるんなら、<柔らかい床>も作れるか?とメテオスに相談し、<落下しても安全なネット>ならぬ、<落下しても、安全な床>を敷き詰めてある。

上棟のためだけの、この<安全床>や、その他の安全装備のため、<仮ゲイアサプライヤ>をひとつ稼働させている。

現場の職人の安全管理のためだけに、サプライヤを使用する。という、いすみに、エドガルドは問いかけた。


「商人として、問うのだが、怪我をしないという装備のために、ここまで、コストをかけるのは、非効率すぎるのではないか?」


「では、お聞きしますが、こちらの国にも軍隊がありますよね。一人の素人を一人前にするのに、どれだけのお金と時間がかかりますか?

お金と時間をかけて、育てた人材を作戦に投入させる場合、損失は、少しでも減らしたいのではないのですか?」


「なるほど。損失は少ないにこしたことはないな。」


「人の命や怪我を、お金として見るのは、あまり、気分がいいものじゃありませんが、私の国では、作業がきちんとできる<職人>はとにかく大事にします。そういった人たちに、怪我なく、コンスタントに動いてもらえば、作業効率がよくなり、どんどん

そう考えれば、そんな人たちを失わないために使う、こういったコスト負担は、もっともだと思いませんか?」


自分達も、決して、現場作業員を、使い捨てにしていたつもりはないが、<コスト>という概念でとらえたことはなかった。

そんな考えが根付いているいすみたちの国の建築業。人材の損耗を<コストの損耗>として考えるのは、確かに効率が良いな。とエドガルドは思う。


「おい!こないだの打ち合わせで、高所作業は気を付けろといっただろう!この<安全床>だって完璧じゃねえんだぞ!ヘラヘラしてんじゃねえ!」


華江にデレつく、転落した若いドワーフに、梁の上から田尾がカミナリを落とす。


若いドワーフは、シュンとして、<気を付けます・・・。>と言って、作業に戻っていった。


「華ちゃんも、甘やかしちゃダメだぜ。俺たちの世界と同じで、若いやつらは、すぐに調子に乗る!」


「まあ、最初はしょうがないですよ。でも、次にやったら、あたしもきっちりやりますから!」


そんな光景を見ながら、「いいチームワークだねえ・・・。」と、現場作業に飽きてしまった安西が、図面を広げたテーブルの傍らの簡易椅子に座って、他人ごとのようにほほえましく見つめていた。


夜明け直後から開始した、上棟作業だが、お昼休憩からまもなく、この日の作業は完了した。

<夜が来るのが早い>この世界での作業を考えて、屋根の仕舞いは、明日以降とした。

門型フレームが、鳥居を連ねたように、立ち上がっているのは、なかなか壮観だ。

町の人たちも、仕事が終わった頃合いに、見物にやってきた。


「一日で建っちまったよ。」


「すごいもんだねええ」


我々の世界と同じ反応を示す、町の人々が集まってきたところで、いすみ、華江、安西、シェーデル、メテオスが、2階の梁に登り、町の人々を見下ろす。


「みなさん!明日から、このマイナミ商会の社屋建設を本格的に開始します!ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちは、他の国からやって来ました!

私たちの国では、建物の骨組みが組上がると、町のみなさまに、感謝をさせていただいています!」


「お受け取りください!」


いすみの宣言とともに、梁に上った一同から、こどものにぎりこぶしぐらいの大きさの袋が、一斉に投げられた。

子供達が歓声をあげて、拾う。


拾った袋を、親に見せる。


「おや!お菓子じゃないか?」


袋のなかには、町の製菓店で仕入れた、グミのようなお菓子が入っていた。


「こっちには、焼菓子だ!」


お菓子が入っていると知った子供達が、我先にと、袋を取り合い、うれしそうに、親たちに見せていく。


「これが、あなたたちの国の、普請ぶしんのお祝いですか?」


こども達が、楽しそうに、袋を拾っていく情景をみながら、ルクレードが、田尾に問いかける。


「そうです。<ジョウトウシキ上棟式>って言うんですがね。俺たちの国では、建てる施主だけじゃなくって、普請は、みんなで楽しもうっていう考えがあって、建物の近所の人たちにお菓子なんかを撒く風習があるんです。

おれらの国では、穀物を加工した、<モチ>っていうお菓子を撒くんで、<モチマキ餅撒き>なんていわれることもあるんですがね。」


「とってもいい風習ですね。」


このあとは、躯体の下での宴会。という、最近ではあまり行われなくなった、が行われ、作業員一同の工事の安全と完成を願った。



◇◇◇


マイナミ商会社屋建設現場日報-2  上棟完了。


https://twitter.com/4569akk/status/1044876391248998400


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