第2章 異世界工務店 マイナミ商会社屋建設編

第28話 工法決定

「まずは、拠点となる我々の社屋を建てましょう。それを拠点として、省庁のみなさんにもいらしていただき、本領事館の建設にかかります。」


ギルドとの交渉が成立した、1ヶ月後。異世界へのオリエンテーションを兼ねて呼び寄せた、舞波工務店、田尾工務店の面々に対して、いすみが宣言した。


<おおお!>と一同から拍手があがる。


「で、どんな建物を建てるのよ。」あかりが興味津々に問いかける。


「今回建てるのはです。」いすみが答える。


「木造って言っても、こちらの世界では建築金物とかボルトとかないんですよね?あたしたちの世界から持ってくるのも、原則ダメだし・・・。」


華江が言うように、の方針として、は、極力持ち込まないことを行動原則としている。

電動工具は勿論、ノコギリやも<可能な限り>持ち込まないようにする。というのが、基本方針だ。


「構造は<木質ラーメン構造>とします。接合部はピン構造とし、仕口接合+ゲイアサプライヤの魔力供給による接合方式とします。」


<ラーメン構造>とは、いわゆるビル建設でよく見かける、鉄骨を数本のボルトで結合して組み立てる方式の建築物だが、鉄骨は重量があるのと、コストがかかることが欠点。

重量、コスト共に鉄骨よりもリーズナブルに軽量に建てよう。というコンセプトのもとに、店舗や大開口の必要な<ガレージハウス>などの建築で採用されているのが、木質ラーメン構造で、最近は「木骨構造」等の名称で、表記されることもある。


「でも、とやらは、買えないんでしょ?」


おおむねの事情を田尾から聞いている、あかりが言う。


すでに、険悪になっていた、建築ギルド<アルテ>と、レ・ブン商会との関係は、高橋の一件が、とどめを刺し、レ・ブン商会からのゲイアサプライヤの供給は、<アルテ・ギルド>には、行われなくなっていた。


そんな状況であるにも関わらず、それなりのボリュームの「建物を建てる」といういすみの計画に、アルテ・ギルドの面々も興味津々・・・。というか、マイナミ商会のこれからの建築計画が、今後、彼らがレ・ブン商会なしでやっていけるかどうかの生命線になるわけだから、<アルテ・ギルド>サイドの期待も大きい。


マイナミ商会陣営としても、レ・ブン商会のゲイアサプライヤ供給なしで、建物を建てることが出来、その工法や技術を<アルテ・ギルド>に供給できれば、高橋の救出に関わる「借り」を返したことになる。

さらに、その工法の供給をコントロールすることで、この世界で彼らと対等、もしくは優位な関係を構築、維持していくことができる事になるはずなので、あくまで、我々の世界の工法を、こちらの世界の工法も活用して、一軒の建物を建てる必要がある。


だから、すべての建築を、我々の世界の工法で行ってしまうことは、こちらが優位になっているための情報をすべて与えてしまうことになるので、あまりよいことではない。

そんな諸事情をふまえた上で、領事館建設の前に、こちらの世界と、我々の世界の工法を組み合わせたやり方で、<マイナミ商会>の事務所建設を行うことにしたのだ。


「メテオスさんの話によると、<アマルガム>のような特性を持つ、<カリュクス>という木材があるそうなんです。アマルガムほど魔法力の蓄積とか、接合力は無いらしいんですが、魔法式を書くことによって、木骨ラーメン構造のにあたる部分の接合部に必要な強度程度は保てそうなんです。」


「それを使って、<木造ラーメンピン構造>で、<門型フレーム>をいくつか作って、組み合わせる工法で、計画を進めて行きたいと思います。木材であれば、<アマルガム>より、軽量ですから、メテオスさんや、<アルテ・ギルド>の仕入れることができる、小出力のゲイアサプライヤで、十分建設可能だと思います。」


いすみが概ねの構造計画を話したところで、田尾が話す。


「木材の加工は、俺とドワーフ達でやって、それを現場で組み立てる。仕口の造作は、俺がドワーフ達に教える・・・。というよりも、もう、あいつら練習始めてるんだよな」


<仕口>と呼ばれる木と木を接合する加工技術は、長年の練習が必要である。

しかし、ドワーフ達に招かれて、ドワーフ達の里に行ったところ、見事な木造の造形品の数々や、簡単ではあるが、家具が置かれていた。

これを加工するための鉄製の道具も、見事なもので、これであれば、比較的簡単なも可能であろう。と、いすみに報告。ドワーフたちをメインの職人として、木造で進めていくことにしたのだ。


「要するに、我々の世界の工法と、こちらの世界の工法のハイブリットってわけだな。おもしろい!建築家の血が騒ぐな!」


マイナミ商会の会長という役職で、どっぷりこちらの世界に漬かっている安西も、新たな工法や建築に、興奮を抑えられない。

安西の事務所で建てる建築物は、「安西正孝の設計」の名が冠されてはいるが、近年のものは、基本コンセプトづくりは安西が行うが、実務面の作業は、優秀なスタッフの尽力で、安西抜きで進んでしまうものがほとんどで、実際に安西が行うのは、最初のエスキス(設計PLAN下書き)ぐらい。なんてことがほとんどだ。

そんな近年の業務形態に、根っからの建築家である安西は、物足りなさを感じていた。

最近は、「俺の事務所は、俺がいなくても、安西正孝事務所なんだよ。」なんていう、自虐的な愚痴を言うことも多くなっていたと聞く。


そんな時に飛び込んできた、<異世界の建築>という仕事は、彼の建築家としてのモチベーションを上げるには、最高の仕事だった。

何より、<安西正孝>というネームバリューなしで、自分だけの作品が建てられるのだ。


久しぶりに、自分が直接、設計に関われる事になった、安西は、完全にこちらの世界に入りびたり、PLANのエスキス(下書き)を書き散らかしている。

パソコンのCADソフトで設計するのが、主流な昨今であるが、この世代の建築家は、ロール状になったトレペ(薄いトレッシングペーパー)に、イメージを書きつけ、そこから設計をまとめていく方法を未だにやっているので、パソコンがなくても、問題ない。

ギルドに提供された仮事務所にこもり、エスキスを行い、町に出て、飲み、食い、話し、この世界の情報や嗜好、生活のありかたを身をもって、収集しつつ、設計の構想を膨らましている。


建築家として、名を上げる前は、世界中を廻って、その地の建築を見て回り、スケッチをしてきたという安西なので、今までに来たことのない、異世界を巡るのは、楽しくてしょうがないようだ。


「最初から、こうすればよかったんだよな・・・。」


近年は、事務所の職員や、ゼネコンの若者を育てるという名目と目的で、大きくなりすぎてしまった「安西正孝」は、この案件でも、最初は前面に出ないことを心がけていた。

だが、その消極的な行動が、いすみたちが、状況をリカバリーするまで、完全に裏目に出てしまい、状況の悪化を招いてしまった。

そのため、高橋をはじめ、こういった仕事にもっとも向いていない人材を、この仕事に関わらせ、彼らにとって、不幸な結果とさせてしまった。


彼らの今後のケアについては、省庁と安西事務所のバックアップで、キャリアの汚点にならないよう、十分配慮するよう、根回しも行っている。



◇◇◇



「意外だな。今までの経緯を聞く限り、これから建てる建物は、すべて、魔法力を使わないで、建てると思っていたが。」

ミーティングの後、安西がいすみに聞いた。


「別に、魔法で建てる工法を否定するわけじゃありません。私たちの世界でも、国や地域によって、それぞれ、建物の建て方は違いますし、その地域で、ベターな方法を活用して、建てればいいんです。

この世界では、がそれですから、便利であるものに関しては、素直に利用すればいいんです。」


「ただ、最終的に建てる領事館は別です。ゲイアサプライヤーを使うということは、その建物の生殺与奪せいさつよだつを、この世界に握られてしまうわけですから。」

「領事館の建設の工法は、使、建てる方法を、この社屋建設の間に考えようと思います。」


いすみは、最近、建材への魔法の流し方を記載する「魔法構造図」の書き方も、メテオスから学んでいる。

今回のマイナミ商会社屋建設については、魔法を使った工法については、いすみが、安西にアドバイスしているので、設計主幹は安西だが、実質的には、2人の共同設計のような感じになっている。


そして、メインの「職人」は、ガンボの町で作業をしていたドワーフ達。

彼らの取りまとめ役は、田尾。サポートと実務的な施工管理を華江が行う。


構造に関わる魔法士業務も、メテオスが請け負う。

あかりが、メテオスのサポート兼、魔法士見習いというポジションに就く。


こちらの世界での仕事が、どのくらいの期間、続くかわからないが、領事館を建て、こちらの世界と我々の世界が、ある程度、恒久的な関係を続けるのであれば、魔法に長けた人材もこちらサイドにも必要だ。

あかりに決定した主な理由は、メテオスの「彼女がこのメンバーで、使」という一言が決め手になった。


納得する全員に対して、


「どういう意味よ!」と抗議したあかりだったが、メテオスが着ているような、膝丈のローブを着た、自分の姿を鏡でみたところで、「まあまあね」と納得して、受け入れた。

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