第19話 格闘大会2
<アップ・ダウン!アップダウン!>
<ライトサークル、レフトサークル>
レグリンは、床や窓に向かって、どっかで見たような、家事の動きを、淡々と続けている。
「・・・で、その特訓がこれかい?」
「レグリンを強くして、大会に出場させて、優勝させる。」
と長谷部が隊長に宣言して、大会まで、仕事が終わってから、彼の特訓をする。というので、なんとなく心配になった田尾が、特訓場所であるという、衛兵の訓練所に様子を見に来ていた。
そこで、行われていた「特訓」が、これだった。
「あのよお、長谷部さんよ、これって・・・。」
「・・・
さらに、どっかで見たようなテンプレ展開に、キター!という表情のうれしそうな長谷部。
「・・・・ま、まあ、頑張ってくれや。」
気まずい思いから、訓練所を急いで立ち去ろうとした、田尾の背中から、
<あちょー!ハイハイハイ!・・・。こ、この動作は、防御のための動きだったんですね!>
<そうだ、ダニエルさ・・・じゃなかった、レグリン、次はな、ジャケットを・・・。>
聞こえてきた、さらにどっかで聞いたことのある会話に、いたたまれなくなった田尾は、足早に衛兵訓練所を立ち去った。
◇◇◇
大会当日。
試合はいつもの井戸広場で行われた。
参加人数は50人ほどで、なかなか盛況だ。
どの出場者も2M近い巨漢だ。
決して小さくはないレグリンも小柄に見え、身長175CMの長谷部はさらに小さく見える。
トーナメントの勝ち抜き式らしく、長谷部とレグリンは、別ブロックになっていた。
レグリンの初戦の対戦相手は、身長は同じぐらいだが、体の厚みが違う。
「
よける間もなく、レグリンは5M以上も吹っ飛ばされる。
尋常でない飛ばされ方だ。
「これが強化魔法ってやつですか。」
田尾がメテオスに聞く。
「そうだね。あいつはなかなかの達人だよ。体の硬度を増すだけじゃなくて、筋肉にも強化をかけているらしい。それでパワーが上がってる。」
「そんな相手じゃ<あの特訓>は役に立たないんじゃないか。長谷部さんよ。」
頭を振って、立ちあがるレグリンに、再度、タックルを仕掛けてくる相手選手。
と、レグリンは側面から後方へと相手の肩に跳びつき、前方回転して腕を取り、相手にぶら下がるような体制になる。
さらに、親指を天に向かせて、無理矢理、相手を地面に這いつくばらせる。
一気に腕を引っ張り、ホールド。
教科書通りの<ビクトル式飛びつき腕ひしぎ十字固め>だ。
そのまま相手の腕をそらせれば、ひじの関節が可動域を超えるため、どんなに力があろうと外されることはない。
「長谷部さん、あれって。」
「前に襲われた時、わかったんっすよね。この世界の人達って、強化魔法があるから、強くなるには、せいぜい力を付けるウェイトトレーニングぐらいしかしてないみたいなんです。
でも、いくら、強化魔法を使ってても、関節は強化できないみたいなんすよ。
だから、アイツには、関節技を徹底的に仕込みました。衛兵の人達に掛けさせてみたんですが、彼らには、そもそも関節技っていう発想もないし、見たこともないから、面白いように決まるんっすよね。
実際の戦いはわかんないっすけど、こういう大会では有効っすよね。
それにアイツ、すぐに覚えるから、なかなかスジがいいっすよ。」
「じゃあ、あのベス○キッ○風の特訓は・・・。」
「あ、いつか弟子を取ったら、やってみようと思ってたんで、やっただけっす。なんの意味も無いっす!」
「あんたなあ・・・・。」
そうこうしているうちに、相手の肘からバリバリと音がして、相手が降参した。
「おいおい!あそこまでやって大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫っす。腕ひしぎ十字は、靭帯を痛めることはあっても、脱臼はしないっすから。それに、多少痛めても、骨とか筋肉系なら、時間はかかるそうですけど、治癒魔法でちゃんと治るそうっす。」
そうなの?と田尾はメテオスの顔を見ると。彼女はうなずく。
「だから容赦なくやっちゃえ。ってアイツには言ってあるっす。まあ、そもそも関節技を見たことないヤツだから、教えても、どこで手抜いたらいいかわかんないと思いますけど。」
「ぞっとしねえな。おい。」
格闘技を知らない世界で、格闘技の技を駆使して闘う。というのは、強化魔法で強化した肉体をぶっ壊しあう、ストレートな戦いよりも、おぞましいものになりそうな予感がして、田尾は背中に冷たいものを感じた。
長谷部の1回戦の対戦相手は、同じぐらいの身長の男だった。
試合開始の合図と同時に、相手は、右ストレートを繰り出す。
とっさに、両腕をそろえて、ガードする長谷部の体ごと、パンチを打ち抜く。
両足を踏ん張っているにも関わらず、その勢いで、長谷部の体は、2Mほど後退する。
長谷部も、相手がパンチを打った隙をついて、相手のボディーにパンチを繰り出すが、びくともしない。
「あれも強化魔法のパンチか・・・。威力もすごいし、ディフェンスの肉体強化もすごいですね。」
田尾がメテオスに聞く。
「あいつは、さっきのレグリンの相手より、魔法力があるみたいだね。ただ、ベースとなる体のもともとの強度が、あまり強くないみたいだから、防御に魔法力を振ってるみたいだね。これは、ツィンベッロらしい試合が見られるよ」
メテオスの言葉を聞きながら、田尾は会場に視線を戻す。
ちょうど、長谷部が抜群のフットワークで相手の後ろに回り込み、相手の板、アマルガムを奪い取ったところだった。
相手を倒さなくても、これを砕けば、長谷部の勝利だ。
長谷部はアマルガムを地面にたたきつけ、踏みつけるが、壊れる気配がない。
相手選手はなにやら呟いている。
「力で勝てなくても、アマルガムさえ壊れなければ、負けはないからね。アマルガムが壊れないように、強化する魔法力を送り続ければいい。隙をついてアマルガムを奪い返すか、攻勢に出ればいいのがこの競技さ。でもね。」
アマルガムを破壊できないと悟った長谷部は、アマルガムを手に持ったまま、相手に向かって目にもとまらぬ速さでダッシュ。
あわてた相手が体制を立て直す前に、強烈なボディーブローを放った。
「がっ」と呻いた相手が、くの字に体を折り曲げてダウン。
相手が倒れたところで、改めてアマルガムを両手に持ち、折り曲げると、今度はあっけなく折れた。
「アマルガムが壊されないように魔法を送り続ければ、肉体の強化がおろそかになる。肉体強化に重点を置きすぎると、アマルガムを奪われた瞬間に壊される。このへんの駆け引きがこの競技、ツィンベッロのおもしろいところさ。」
「なるほど。」田尾がつぶやく
「勝者ハセベ!」
審判が勝ち名乗りを上げる。
◇◇◇◇◇◇
結局、決勝はレグリンと長谷部の師弟対決となった。
二人は中央で対峙する。
「
幾多の強敵を倒し、自信満々のレグリンが長谷部に宣言する。
なにやら、強者のオーラのようなものを身にまとっているようにも見え、先日までの気弱な若者という雰囲気はすっかり消え失せている。
ここで<百人殺し>のハセベを倒せば、衛兵隊の威厳は、さらにゆるぎないものになるだろう。
噂の<百人殺し>ハセベと、下馬評を崩して勝ち上がった、ハセベの弟子であるという、若き衛兵の対決に、観客の歓声も最高潮だ。
「まあ、この大会に出た目的は、衛兵の威厳回復が目的だから、長谷部は勝ちをゆずるんだろうね。」
予想外に長谷部との対決になってしまったが、レグリンを優勝させることが目的だったはずなので、メテオスが、至極あたりまえに、いすみに言う。
「そうですね。まあ、衛兵のみなさんも喜んでいるようでよかったです。」
「レグリン!よくやった!」
「今日は祝勝会だ!」
「明日は休みにしてやるから、思いっきり飲もう!」
衛兵仲間からの<優勝を祝う>声援も熱い。
盛り上がる会場だが、田尾は一縷の不安を感じていた。
「
審判の開始の合図とともに、レグリンが長谷部にむかってダッシュ。幾多の強者を倒してきた飛びつき腕十字で、一気に決めるつもりだ。
と、長谷部は左足を軸に、体を半回転。レグリンは勢いあまって、彼の目の前を通過するような形になる。
そのまま、レグリンのバックに位置する。
「え?」
いきなり、視界から消えた長谷部に驚くレグリン。
レグリンの左わきに頭をもぐりこます長谷部。
いきなりの光景になにごとか理解できないメテオスといすみ。
「ええ?」
みぞおちのあたりを、両手でクラッチ。
見たことのない技を同僚に仕掛ける長谷部に驚く衛兵たち。
「ええええええ!?」
「あのやろう、やっぱり・・・。」
予想通りの展開に、田尾が頭を抱える。
体をブリッジさせる勢いで、相手を後方へと反り投げる。
見事な放物線を描いて、レグリンは肩口から地面に叩きつけられた。
砂煙の中、大の字に倒れるレグリン。
歓声に包まれていた会場は、一瞬にして静寂に包まれた・・・・。
「田尾さん!やりましたよ!オレ、この世界で最初にハイクラッチ式バックドロップ決めたっすよ!!最高!!!」
長谷部が、腕を高々と上げて、勝利のポーズ。
「・・・・うるせえ!あんたにはがっかりだよ!」
田尾は思いっきり叫ぶと、足早に会場を立ち去る。
メテオスも苦笑いしつつ、いすみと立ち去る。
衛兵たちも、この結果にとまどいつつ、それぞれ詰所に戻って行った。
◇◇◇◇◇◇
優勝の証である銀皿が、ガンボの町の領主から、長谷部に渡された。
観客の歓声に、両手を挙げ、答える長谷部。
「おおおおっし!オレ最強!!!!」
かくして、衛兵の威厳は向上し「百人殺しのハセベ」の二つ名が、それ以上にガンボの町に鳴り響いたのだった。
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