第6話 異世界の建築物


「この床は、<強化魔法>で強化されていて、たった一枚の板でも荷重を支えることができるようになっている。」


「<魔法使いサリー>のオープニングみたいにステッキ一本降ったら家が建つことはないし、<基礎よ生えろ!>と言って、基礎が生えてくることはないが、これが魔法がある、この世界の恩恵のひとつだな。」


子供のころから、アニメや漫画にあまり縁のなかったいすみは反応が薄い。

いまひとつ、共感を得られない安西は、


「まああ、とにかく、建材に魔法をかけて、強化しちまえば、どんな薄い板でも、どんないいかげんな工事でも、きっちり家が建っちまうってことさ。」


いすみは街並みをみて気づいた、もうひとつの疑問を安西に問いかけてみる。


「森や林が豊かなようですし、作物の栽培も盛んなようですから。降雨もそれなりにあるところだと思うのですが、勾配屋根の家が少ないのも、その<魔法>のおかげですか?」


「そうだ。その魔法のらしいんだが、雨をはじく・・・。というか、家に水を寄せ付けないための魔法もあるらしい。

屋根や壁にそんな魔法をかけておけば、家には雨が入り込まない。陸屋根りくやねの家は、ほとんどがそうだな。魔法をかけていない家は、雨が降ると雨漏れがひどいらしい。」


「外壁の構造なんかもおかしいですよね?」


建物の外周は、レンガのような焼き物が使われているが、精度はひどく悪い。

表面だけではなく、積み上げている底面や上面も、凸凹で、とても5メートル近い高さの建物の荷重に耐えられる材料には見えない。

積み上げ方も、互い違いに積み上げることはせず、適当に載っけているだけのようだ。

これも<強化魔法>で成立しているのか?


「この世界って、魔法っていう技術があって、建てる工法とか、構造の検討なんかが必要ないわけですから、こんな感じの建物ばかりなわけですよね。

だから、建築の技術ってまったく発展してこなかった世界なんですね。

ならば、我々も魔法を使った、この方式で建物を建てたらいいんじゃないんですか?」


その言葉を聞いた安西は、いすみを連れて、建物の中央部分にある石造りの箱を見せた。

がらんとした室内に、不自然に設置されている。


その箱を開けると、黒光りのする鉱石のようなものが設置されていた。

がっちりと地面に固定されている。


「これが、だ。」


◇◇◇◇◇◇◇◇



「この世界の建物には、基本的にすべてこの、が取り付けられている。

さっきの薄い床や、いい加減なつくりの外壁でも、この装置から供給される<魔力>で強度を保たせているらしい。」


「じゃあ、我々もそのゲイアサプライヤーっていうのを使って、建てればいいんじゃないんですか?

強度やバランスを気にしないでいいのなら、我々の世界の建築よりも、簡単な仕事のような気もするんですが?」


「確かにその通りで、ゲイアサプライヤーは、この王都で指定された商店で手に入る。ただ、その交渉がまずかった。

最初の担当者・・・。まあ、あるの者が、購入の申し込みに行ったんだが、彼らは建築の知識はあっても、交渉の専門家じゃない。

それに、相手はこういった重要な装置を扱うような連中だから、海千山千だ。

彼らは、になる人間はすぐにわかる。下調べもしないで、行ってしまったため、完全な言い値で買わされてしまった。


買ってきたものは、このくらいの建物を建てるために必要な魔力の1/3程度しか発生しないのに、3倍の値段で買わされたそうだ。」


「・・・・。」


「それで、交渉のやり方を変えるか、交渉役を変えればよかったのに、購入を担当した、が、失点を取り戻そうと、<値段が高すぎる!正当な値段でしっかりとした性能のゲイアサプライヤーをよこせ!>と、購入した商店のアタマを飛ばして、元請けの商会に直接、抗議してしまったらしい。」


「彼らにしてみれば、一見いちげんの得体のしれないヤツに、きちんとした値段できちんとした商品を売る気なんかないし、そもそも、アタマ飛ばしは完全なルール違反だ。さんざんコケにされたあげく、最後は<でかいツノの生えた怪物>に脅かされて、逃げ帰ってきてしまったそうだ。」


<お客様は神様です>の精神で、一見いちげんの客を大事にする商店が存在するのは、我々の世界でも日本ぐらいだ。

世界中、どこへ行っても、カネを持っていて、知識がない奴はいいカモにされてしまうのがあたりまえだ。

さらに<リピーター>になる価値がない。と相手に見定められてしまった場合は、いただけるものはいただいて、そのあとは、相手にしない。というのが、商売の基本スタンスだし、<ゲイアサプライヤー>のような、特殊な商品の売買なら、なおさらだ。


彼はそのへんを理解していなかったらしい。


「ウチでも、新規の業者や職人と交渉するときは、誠実にやるのは当然ですが、それは、双方ともにある程度の実績と経歴がある場合で、それぞれに情報を収集してから交渉にあたりますしね。」


「まったく初見の建材や工法を使う場合は、値段はもちろんですが、その建材のメリットやデメリットなんかのある程度の下調べをしてから、交渉を始めますしね。まったくの初対面で、基本的なレートの把握や知識もなく、交渉を始めて、相手が自分に有利な結果をもたらしてくれるなんて思うのはお花畑すぎますし、真剣に<儲けよう>と思っている相手に対しても失礼ですよね。」


「そう、その通りだ。異世界であっても、交渉や商売のルール、基本理念なんかは我々の世界と変わらない。誠意をもって対応するのは基本だが、それは、あくまで交渉相手が自分と対等か、もしくは、相手が自分に役立つものを持っている場合だ。それでようやく相手とイーブンな立場に立てる。

君たちのように、日々、施主や業者と交渉を繰り返しているような経験や理念が、官僚たちには無いし、彼らには最も向いていない行為だ。

さらに、彼らのほとんどは、高学歴で、めぐまれた人生を送ってきた。だから、<自分が誠意を尽くせば、相手も誠意で答えてくれるはずだ。>という行動理念で動いている。これじゃ、とてもじゃないが、交渉なんかできるわけがない。」


「その噂が広まって、我々にゲイアプライヤーを売ってくれる業者はいなくなった。というより、街に行くと、どんな商品でも、市場価格の10倍以上でふっかけてくる商店ばかりになった。しかたないが、今は、最初に性能不足のゲイアサプライヤーをつかまされた商店に、すべての必要物資の購入を一任する状態になっている。」


「それで、この建物を借りているということだ。ただ、この建物の賃料も、その商店経由なので・・・。」


「やられちゃってるんですね・・・。」


「そういうことだ。貴重な資金が、規模に見合わない賃料に垂れ流されてる・・・。というわけさ。」


「だから、早急に、こっちの工法で、建物を建てて、ここを出なくちゃならん。まずは、この建物ぐらいの規模でいいから、建ててくれないかな。」


「要するに、人員と建材の手配や交渉も、この世界で私に行えと・・・。」


「まあ、そういうわけだ。概ね、君の呼ばれた訳がわかっただろう」


とにかく、人外をふくめた、規格外の人々と交渉して、必要なものを手に入れ、実質的な建築計画を立て、図面を書き、人員を確保して、領事館を建てろと。


確かに、これは「なんでもできる」舞波工務店ならではの仕事かもしれないな。といすみは思い、我が愛しい同僚の言葉を思い出した。

彼女にこの話をした時の反応を思うと、なんか笑えてくる。


「わかりました。お請けします。ただ、一度破たんしている状況ですので、それなりにお時間はいただくかもしれませんが、その辺はご配慮を。」


「わかった。必要なものがあったら、何でも言ってくれ・・・。というほど、我々は交渉がうまくいっていないので、何とも言えないのだが…」

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