第5話 異世界の建築スパン
今回も黒いSUVに乗って、RC造りの建物へ。
名前を言って、建物のなかから「扉」を開いて、「異世界」へ足を踏み入れる。
東京とは異質な土と緑のにおいにまじって、相変わらずのほこりと鉄の芳香が鼻をつく。
<こちらがわ>の警備員の誘導に従って、例の建物へたどりつく。
「よく来てくれた!」
白髪の老人ながら、相変わらず迫力満点の眼力と体格の安西正孝は、いすみを迎え、がっちりと握手を交わした。
彼は現地の服なのか、白いシャツに茶色の丈の短いフェルトのような素材のベストを身にまとっている。
<レ・ミゼラブル>の登場人物のようないでたちだが、大柄で、日本人離れした顔立ちの安西によく似合っている。
「来てくれたということは、<仕事>を受けてくれるんだな。他のスタッフはどうした?」
「私がまず、現調をさせてもらいます。そのうえで、適正な人材を少しづつ、必要最低限で連れてきます。
お話を伺う限り、あまり大人数で大げさに押しかけるのもよくないようですし、そのためには、最低限のユニットで作業を進めていきたいと思います。」
安西は満足げに、
「それでいい。それが役所と民間の考え方の違いだよな。
ハコモノ行政じゃないが、役人は、人材とか、資材を確保してしまってから、どんなふうに動かすか、配置するかを考える。
その進め方だと、ミスマッチが生まれた場合でも、その業務に合わない人材が、あわない仕事をやらなければならなくなるし、不要な人材が出ても、削除するわけにはいかなくなる。結局、すべての事象において、オーバーフローとなって、事業がまわらなくなり、行き詰って崩壊する。
今回は、最初に役人と俺たちがそれをやってしまったから、行き詰っている。」
「まずは現状把握、そのうえで業務を進めてもらいたい。」
そう言って、安西は、表通りへ続くらしい扉へ向う。
「まずは、この世界の建築事情を見てくれ。」
安西は建物の外へ出ると、今まで中に居た建物を、いすみと見上げる。
「初見だ。どう思う?」
外見はれんが造りのようだが、我々の世界とは、素材が異なる気がする。
建築面積は30坪くらい。延床で60坪ぐらい。
階段の段の高さ、扉の横幅、高さともに、こちらの世界とおなじぐらいの寸法のようだ。
外を歩いている人達の体格は、概ね、自分たちとあまり変わらない(やたらと大きな獣人?のようなのはいるが・・・。)ことを考えると、建物を建てる時の基準値。「スパン」は同じぐらいになるはずだ。
「スパンは、尺貫法でいいみたいですね。」
日本で建物を建てる場合の「スパン」は、メートル法が普及した現在でも、建築の世界では、まだ「尺貫法」が一般的だ。
尺貫法の1尺(いっしゃく)30.3CM、1間(いっけん)1.82M、というのは、人間の体格を基準にして作られた寸法で、よく、「起きて半畳、寝て一帖」と言われるが、タタミの大きさは、3尺×1間で、メートル法に換算すると、半畳とは、91CM×91CM。
1帖とは、0.91M×1.82Mで、一般的な体格の日本人には、寝て、起きるのにちょうどいい寸法を表している。
一般的な住宅を設計する場合は、この寸法をワンブロックの基準にして、組み立てていくと、いいおさまりの家ができる。
だから、建築の世界では、いまだに<3間×6間の家>なんて呼ばれる家もあるし、最低スパンの京都の長屋などの<1間間口>の家なんかも理にかなった最低スパンの家だ。
この基本スパンは、人間の概ねの体のサイズ。主に足の寸法(といっても、1尺の30.3CMはちょっと大きいが・・・。)を基準にされていると言われているので、我々の世界では、国が変わっても、あまり変わらない。
例えば、アメリカで使われている「フィート」や「ヤード」。
1フィートは30.488CM。1ヤードは=3フィートで、0.9144Mになるので、若干端数の違いはあるが、
1フィート≠1尺
1ヤード≠3尺という解釈ができる。
2ヤード≠1間。という解釈もできる。
つまり、人間の体格がほぼ同じであれば(これらの基準値ができた当時の、日本人とアメリカ人の体格差が大きかったことを考えると、この一貫性はなかなかおもしろいのだが・・・。)建物を建てる基本的な「スパン」は変わらないということになるので、「尺貫法」の考えで、この世界でも、自分たちの基準値で建物を建ててもよい。ということになる。
「さすがだね。RC造や、鉄骨造メインでやってると、尺貫法で建築の寸法を考えるクセがなかなかつかないが、いすみくんは基本的な設計思想の考えができている。
こちらでは、概ね1尺ぐらいを1ラピッド、1間ぐらいを1スクワッドというらしい。1ラピッドは概ね303㎜、1スクワッドは1.8mほどだが、明確な基準尺がないようなので、こちらとの数値的な比較は不明確だがね。他にはどうだ?」
「周りの建物を見ると、とにかく「高さが低い」ですよね。室内を見る限り、概ね、2.4M位の天井高ですし、二階の天井高も同じくらいですね。」
といって、建物全体を俯瞰的にさらに観察する。
「靴を脱がないで、家屋内に入ることが基本のようですから、まずは床高がない。それで、40CMほど低い。あとは・・・。」
あることに思い当たった、いすみは、室内に戻り、階段を上がっていく。
階段の段数は11段。ということは計算すると、・・・。
「先生!この建物って天井
「そのとおり。」
といって、壁面に取り付けられていた階段室に開けられていた点検口のような蓋を開く。
蓋を開くと、1階の天井=2階の床の断面を見ることができるようになっている。
そこには、1CMほどの厚さの板が1枚しかない。
一般的な家屋であれば、20CM~30CMの高さの「
つまり、2階に人間が乗るための強度がある床を作るには、1階と2階の間に、40CMほどの空間が必要なのだ。
我々の世界の建物は、基礎の下の高さが40CMほど。室内の高さが1階2.4M、天井懐が40CMほど。2階の天井高が2.4M。屋根を除いても、5.6Mは高さが必要なのに、この建物の高さは5Mもない。
基礎部分はいいとして、1階と2階の間の梁や垂木といった構造材がごっそり無い。1CMほどの、板1枚で、2階の床が成立している。
驚いたいすみが、改めて2階に上がってみると、2階は、何人もの職員が歩き回り、こちらで購入したであろう、机やいすが置かれている。
なんの支えもない、たった1CM程しか厚みのない板の上に、これだけの荷重がかかっているのに、床が抜けない?
「先生、これは?」
驚くいすみの表情を見て、満足そうに安西は答える。
「これが、この世界の建築方法の常識のひとつ。<強化魔法をつかった工法>なんだ。」
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