第7話 仲間たち
大泉学園町の事務所に戻ると、いすみはまず、社長に報告した。
「あのお話し、お受けすることにしました。つきましては、現在の私の仕事の割り振りを社員のみなさんと話したいと思います。」
「そうか、よかった。ただ、社員全員に話すのは・・・。」
「わかっています。そこは、安西先生にも釘を刺されましたので、できるだけ小規模に。でも要所要所は手伝ってもらいます。まずは、瀬尾さん。あと、工務店ネットワークの何人かにも力添えをしてもらいます。」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「久しぶりね!華ちゃん元気だった!」
すらりとした長身に、現場を駆け回っていることで、健康的に日焼けした美人。
3年前まで舞波工務店に在籍していた小田あかり、現在は、田尾あかりが、舞波工務店事務所に姿を見せた。
40前の年齢だが、華やかな美貌と、俊敏な身のこなしは衰えていない。
「あかりさん!久しぶり!会いたかった!」と華江も、あかりと熱い抱擁を交わす。
「華ちゃん久しぶり。いすみも。」
よくいえば、体格のよい。わるくいえば、でっぷりと太った田尾工務店社長、
異世界での安西との交渉の3日後の日曜日。舞波工務店社屋に4人が集まった。
日曜日でも打合せが多く、誰かしらがいる舞波工務店社屋だが、今日は彼ら以外、誰もいない。
「で、で、いつなのよ、式は?今日はその報告会なんでしょ?」
あかりが華江の肩を抱いて、問いかける。
「うーーん。そういうご報告なら良かったんですけど、あたしが聞いてないってことは、そういう発表じゃないんですよね、いすみさん。」
華江といすみは、華江が入社してから5年。互いを意識し始めてからだいぶ経つので、そろそろでは、と当人たちも周囲も、ヤキモキしているが、今回はそういう話しではない。
「・・・まあ、それはおいおいご報告できると思うんですが、今回は仕事のお話しです。」
え!ご報告できるんですか!
と口に手を当てて飛び上がる華江を「よかったね!」とあかりがまた抱擁して答える。
「なんだよ、俺たち2人を呼んだってことは、そういうハナシかと思って、すっ飛んできたのによ!」
田尾は打ち合わせテーブルにどん!と二本縛りの一升瓶を置く。
水引の下には、「寿」と書かれた
「まあ、いいや。飲もう飲もう。話は飲みながらでもいいやな。」
田尾は、勝手知ったる要領で、事務所の給湯室からグラスを四つ持ってくる。
震災のとき、1年近くこの事務所に居たので、どこに何があるかは、把握している。
グラスを置いて、酒を満たすと、もう一度、給湯室に戻り、山と積まれた「お中元」と書かれた箱の中から、ひとつを選び、持ってくる。
「この会社は景気がいいから、中元もいいのが来るんだよな。」
と言いながら、べりべりと梱包を破り、箱をあける。
「海鮮珍味」と書かれた箱の中には、様々な種類の瓶詰が緩衝剤に包まれて、八本入っている。
ウニに白子にと、瓶詰とはいえそれなりに値が張りそうな珍味が揃っている。
・・・シラフでやっても、信じてもらえる話じゃないだろうから、まあいいか。といすみは、彼らと乾杯を交わし、まずは塩辛の瓶を開けて、日本酒を口に運ぶ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「「「異世界で建物を建てる!!!」」」
いすみの言葉に3人は驚く・・・。というより、あきれたような表情を見せる。
「専務って、SFとか、ライトノベルとかまったく興味なかった。というより、読んだことないわよね」
BLを多少嗜むこともあり、それらの嗜好に「若干」くわしいあかりが言う。
「はい、読んだことはないですし、そういったカテゴリーの書物があるのも知りませんでした。」
安西に言われて、渡された何冊か「そういった」書籍を読んでみたが、どうやら、いろいろな知識の前提がないと、こういった本は楽しめないらしく、お約束的な展開が、なぜこうなるのか?がまったく理解できず、1冊目の途中までしか読むことができていないでいた。
「いすみが冗談言うとは思えないから、マジな話なんだよな、これ。」
田尾がグラスに残った酒を一気飲みし、さらにグラスに注いでいく。
「安西先生の案件って、それだったんですね」
「華江さん、お話しできなくて、すみませんでした。でも、これはほんとの話で、正式な依頼です。
ただ、事案が事案なだけに、おおっぴらにはできません。そこで、最も私が信頼できるみなさんに集まって頂きました」
「で、経緯はこういうことです」
安西に現地で言われたとおりの話しを彼らに話す。
◇◇◇◇◇◇◇
「まあ、異世界云々信じられないけど、要するに官僚サマのヘマの尻拭いってわけだな。」
ひと通り話しを聞いたところで、田尾が言う。
「まあそうね。提示された金額はかなりのもんだけど、まったく要領がわからないところに行って、仕事をするにしては、髙いか安いかはわかんないわね。」
「それに、この仕事を請けるにあたって、自分たちのこっちでの仕事にも影響が出てくるわけでしょ。そこまでしてやる仕事なの?これ?」
懐疑的な意見の田尾工務店の2人の言葉を聞いて、いすみが答える。
「取り合えず、現地に行って、仕事の下準備を付けてきます。実務的なところになったところでそれなりの体制で動きたいと思います。
期間はとりあえず2年。更新するかどうかは、随時。というお話にしてきました。」
「デメリットはいろいろありますけど、この仕事は<なんでもできる>工務店じゃなければできない究極の案件だと思うんです。交渉、様々な手配、設計、監理、管理、現地での実際の建築技術の確立等、設計職だけでも、工事職だけでもできない仕事です。」
「そんな我々を見込んで依頼してくれたクライアントがいるのであれば、私はそれに答えたいと思います。」
いすみの話しを聞きながら、黙っていた華江が口を開く。
「異世界ってことは、こっちの建築を知らない人ばっかりってことですよね。」
「そうですね。基本的に<魔法>でいろいろ出来てしまう世界なので、こっちの技術をまったく知らない人ばかりです。あちらの世界では、家を建てる行為というのは、<魔法を使う>行為と同義のようです。」
「建築って仕事を異世界にも知らしめるチャンスかあ・・・。」
ほんのりと紅色にそまった表情で、華江がつぶやく。
「いいんじゃないですか。あたしの目標の、建築が好きな人を増やすプロジェクトの一貫にもなりそうですしね。」
「やりましょうよ専務。小林くんだって、他のみんなだって、賛成すると思いますよ。玲ちゃんも大分動けるようになってきましたし、それだけの金額があるんだったら、もう一人雇ったらどうですか?その子もあたしがこっちで動けるように仕込みますよ。」
概ね、思ったとおりの展開に、いすみの表情は満足げになる。
「華ちゃんがやるんだったら、あたしもやろうかなあ。誰かさんのおかげで、ウチも利益率悪いしなあ、この案件やればリカバリできそうだよね。実質、
華江の言葉を受けて、あかりが言う。
どうにもこだわりが強すぎて、売り上げは好調だが、利益がいまひとつの田尾工務店なのであった。
「おれだって、やらないとは言ってないよ。ただ、話が突飛すぎるのと、まずは現調だろ、現調。敷地がわかんなくて仕事を請けることほどあぶねえことないぞ。」
「とりあえず、安西先生には話を付けておきますので、まずはこのユニットで、現地に行ってみましょう。田尾工務店との協力依頼契約はそのあとということで。」
そのあとは、宴となり、久しぶりの近況報告に花が咲いたりしたのだが、「あたしも三十路なんだよなあ。」というつぶやきを漏らす華江と、まあまあとなだめるあかりの姿があった。
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