第2話 異世界での建築依頼-2

二人は西武線で、池袋へ。

そこから、中央線に乗り換えて、立川駅で下車する。

道具や、書面の多い、現場を仕切る工務店は、クルマでの移動が多くなってしまうため、電車で現場へ向かうのは珍しい。


立川駅には、黒いSUVが待っていた。

乗り込んで十分ほどで、フェンスに囲まれた林に入っていく。


「ここが現場ですか?ここを切り開いて、宅地にするとか?ここ一帯になにかの複合施設を建てるとか?」


いすみの問いかけに、社長は苦笑いを浮かべる。


林のなかの、不自然に曲がりくねった道を5分ほど走ったSUVは、RC造りの簡素な、十坪ほどの小さな建物の前で、停車した。


SUVを降りて、状況を知っているらしい社長のあとをついていくと、エントランスの扉の前に立つ、民間の警備会社の警備員に、社長はなにかの書類を見せ、警備員が制御盤にカードのようなものをかざして、ロックを解除し、スチール製の武骨なドアを開けた。


建物の室内は、がらんとしていて、なにもない。

反対側の壁面には、向こう側へ行くためのものか、エントラスと同じ、スチール製の開き扉がついている。


扉の前には、警備員と、黒いジャケットを着た、長身の人物が立っていた。

いすみは、その人物をよく知っている。


「安西先生!」


「久しぶりだね、高根くん。いや、今は舞波君か。」



御年70歳になるはずだが、若干薄くなってしまった白髪交じりの銀髪を除けば、ギラギラした目付き、立ち振舞いには、いささかも老いを感じさせない。

舞波工務店に勤める前に、いすみが在籍していた神戸の設計事務所所長であり、世界中の有名建築の設計を手掛ける建築家。安西正孝氏だ。




「安西先生がこの案件の座長を務められていることは社長から聞いていたのですが、お会いできるとは思いませんでした。」


「この案件を君に依頼したいと、希望したのは、ずいぶん前なんだが、もろもろの手続きやら、根回しやらずいぶん時間が経ってしまっていたのでね。引き受けてくれると聞いて、うれしくて、飛んできた。」


「・・・ちょっと待ってください。まだ、お引き受けするも何も、この案件がどういったお仕事かもわからないので、何とも言えないんですよ。」


いすみは、安西と一通りの挨拶を済ませたところで、社長に向き直るが、ばつがわるそうに、社長は目をそらす。


「まあ、それはしょうがない。口で説明しても、<はい。引き受けます。>と言えるような案件ではないからね。

実際に<現地>を見てもらってから、引き受けるかどうかの判断をしてくれればいい。」


社長と同様、安西も、案件についての具体的な説明を避けているようで、不自然だ。


「では、<現地>に行こうか。」


と、安西は、もうひとつの扉のドアを開けた。



いすみは、安西に続いて、ドアを通り抜けると、薄暗い空間に出た。

目が慣れるまで、状況が分からず、視覚よりも先に、鉄と乾燥した埃の匂いが鼻をついた。

段々、目が慣れてくると、そこは、大谷石のような石を加工して形成されたと思われる、床、壁、天井の空間だった。

間口が1Mほどのその「通路」は、20M先にある、光のみえる出口まで続いている。


この建物の周辺には、こんな長い通路のあるような建物は隣接していなかったはずだし、地下に降りていくような階段もなかったから、地下室でもない・・・。


「この先だ。」

訳もわからず、2人は、安西についていく。


通路のつきあたりの「出口」を抜けると、今度こそ「外」に出る。

外にはたくさんの人影が、行き交っている。


あの森から、街まではかなりの距離があったはずだし、どこをどうつなぐと、こんな街中に出るんだ?

街の様相も、見慣れた東京の街並みとは違う。

先ほどの大谷石のような石畳の路面に、石造りの建物。

電線も電柱もないし、行き交う人々の様子も、東京の人々とは違う。

青い目、赤い目、金髪、青色の髪のものもいるし、頭に「耳?」のようなものが点いている者もいる。

服装も、全身をすっぽり覆うローブを着ている者。

皮でできたプロテクターのようなものを肩や腰に取付けている者。

弓や剣といった「得物」を平気で持ちあるいている者たち。

馬が行きかい、馬に引かれた荷馬車が行きかう。


どう見ても、ここは東京都立川市ではない。


訳が分からず、呆然としている、いすみと社長に向かい、安西が言う。


「ようこそ、異世界へ。」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「そのまま、ついてきてくれ。キミたちの今のナリでは目立ちすぎる」


そういうと、安西は路地を先導して歩く。

勝手知ったるというような足取りで、いくつかの角を曲がると、誰に会うこともなく、建物の裏口に着いた。


建物の中に入ると、そこには、10人程度の人々が働いているが、こちらはあきらかな「日本人」だ。


木製のごついテーブルにセットされた、椅子に3人とも腰を下ろす。


「聞きたいことはたくさんあると思うが、先に説明しておこう。ここは、我々の住む世界とは違う。<異世界>だ。」


「どこに存在しているのかはわからないから、<異世界>としか言いようがない。でも、我々はここにいるから、そう、認識するしかない。」


一息ついて、安西が続ける。


「3年前の例の地震のあと、この林のなかにいきなりあの扉が現れたそうだ。

現れた原因は分からないが、とにかく、ここはこの異世界とつながっていた。つながっている以上は、放置はできない。で、国は調査に乗り出した。」


「結果、人がいて、文明があって、国があることがわかった。わかった以上は、さらに詳しく調べなくてはならない。

調べるためには、橋頭堡が必要だ。その最初の拠点がここだ。」


あまりにも非日常な話に困惑しつつ、いすみは安西に問いかける。


「異世界?ですか?なんだかよくわからないんですが、なんのために、私をここへ連れてきたんですか?」


安西は、通りに面した木製の開き扉を開き、「異世界」の街並みに視線を向け、いすみに街並みを見せるように、語りかける。


「日本政府の拠点である建物を、この世界に建築することを、舞波いすみ君と、舞波工務店に依頼したい。」

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