異世界工務店
高杢匠
第1章 異世界工務店 現調編
第1話 異世界での建築依頼-1
建物の軸組を囲んで組まれた足場に横付けされた2t車の荷台に設置された電動クレーンが、軽快なモーター音とともに、待ち受ける「彼」の脇に角材を下ろしていく。
せいが30センチ、長さが4mという巨大な「梁」だが、「ドラゴン」と呼ばれるこのフランス製のクレーンは、組み込む場所に難なく運んでくれる。
胸に取り付けた、無線のコントローラーを操作して、ヘルメットに取り付けられた透明なバイザー越しに、梁を受けた彼は、他の4人と、すでに組まれている梁に、吊られている梁を嵌め込んだ。
2階の梁がすべて組まれると、「下げ振り」と呼ばれる機器を柱に付属のベルトで取り付け、機器内の「ふりこ」を覗く。
「右に振って下さい。」
彼の指示にしたがい、彼より、一回りほど年若であろうが、屈強な体つきの職人が、「家おこし」と呼ばれる棒状の機器を、対面の柱の根本と、梁の際に設置して、ハンドルをぎりぎりとまわしていく。
振り子を覗き込んでいた彼は「もう少し,..そこ、少し戻し!」と指示を出していく。
彼のOKが出たところで、厚さ25ミリの木材を、柱の根元と、梁の下端に釘で打ち込み、水平になった柱を固定する。
この状態で「筋交い」をあとで入れて、固定すれば、水平な状態の柱になる。
梁と柱で組まれた「軸組」が組み終わると、それまで、構造体の組み立てに従事していた「鳶」は、近所に木屑が飛ばないように、青いメッシュでできた半透明のシートを足場に掛け、ビニール製の専用のひもで固定していく。
大工と彼は「母屋」に登り、せいが6センチの「垂木」を屋根に組んでいく。
朝の段階で、地面から高さ30センチほどの基礎しかなかった「現場」だが、午後5時の段階で、屋根まで組まれた「家」の軸組が建っていた。
朝、犬の散歩で現場前を通ったおばさんが、夕方の散歩で再び通りかかると、朝は基礎しかなかった状態の現場にいきなり「家」が出来ているのに驚き、現場を見上げ、残って現場前を掃除している彼に声をかける。
「すごいわねえ!1日で建っちゃうなんて!まるで魔法みたい!」
「魔法じゃありませんよ。」
そう、魔法では決してなく、人員の確保はもちろんのこと、クレーンの手配、道路使用許可等の公的な手続き。事前の足場組み段取り。当日、現場で加工を行うことなく、建材を組み立てられるようにするための設計、事前の加工。それを搬入するための段取り、近所への挨拶回り等、今日一日で作業を完了させるためには、数週間の準備期間と作業が必要だったのだ。
「大がかりな作業は、今日までですが、あと、3ヶ月位はお騒がせしますので、よろしくお願いします。」
声をかけられた彼は、ヘルメットを脱ぎ、笑顔でこたえる。
素人目には、こんな大がかりな仕事を仕切っているとは思えない、線の細い物腰と、端正な顔立ちの笑顔に、彼女は息を飲む。
「おにいさんは、あれかしらね?前に、時々テレビでやってた<
彼は、はにかみながら、答える。
「いえ、私たちは<工務店です>」
一礼して、現場を去る彼の後ろ姿を見送りながら、
おばさんは「最近の現場監督さんは素敵ねえ」と呟き、毎日の散歩の楽しみがひとつ増えたね。と愛犬に話しかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「彼」は舞波いすみ。
彼が所属する「舞波工務店」は、大工も含めて、社員10人の会社だが、一般総合建築を行うことのできる建築業許可と、設計で報酬を得ることができる、設計事務所登録を行っている、設計と施工を行うことのできる工務店だ。
これらの許可登録を行っている工務店は、建築に関する、すべての業務を、外注することなく、自社で行うことができる。
舞波いすみは、現場の清掃が終わると、練馬区大泉学園町の舞波工務店事務所に向けて、今どき珍しいマニュアルシフトの軽トラックのハンドルを向けた。
3年前まで「小屋」が建てられていたほどの、大きな駐車場に車を停め、ガルバ鋼鈑で形成されたファザードの平屋建ての社屋に入る。
すでに、午後7時を回っているが、二人の女性社員がパソコンに向かっていた。
「あ、お帰りなさい、専務。上棟、順調にいきました?」
女性社員の1人。「
「順調でした。今週一杯は雨は降らないみたいなので、一気に屋根までやってしまいます。今日で合板まで組めたので、明日は板金屋さんと屋根を葺きます。予定通り、瀬尾さんの現場に、2日間、大工さんを行かせます。」
「了解しました!ウチも、あと少しで大工さん仕事が完了するので、終わり次第、そっちの現場に行ってもらいます!」
いすみは、現場の段取りの確認を済ますと、慣れない手つきで画面に向かっている、もう1人の女子社員の作業画面に目を移す
「北見さんの現場の工程表ですか?」
「そうなんです。玲ちゃんの仕切る、はじめての現場ですから、きっちりサポートしますよ!」
もう1人の女子社員。「
彼女は数ヵ月前まで、設計事務所に勤めており、施工業務はまだまだ不馴れなため、各自が、彼女のサポートを行っているが、主に華江が、彼女のフォローをメインに行っている。
「瀬尾華江」は、5年前に設計事務所をリストラされ、舞波工務店にやって来た。
身長は160センチ前後で、現場に出るにしては、ちょっとこころもとない印象の、スリムな体型だが、きちんとサイズを会わせた作業着の着こなしと、快活な身のこなしが、現場を仕切る者であることを感じさせる。
設計職上がりだが、今では、住宅はもちろん、店舗やリフォームの設計、施工をも仕切ることができる実力者だ。
自称「設計しかやらない、工事しかやらない。」人を、設計も施工もできる人にすること。自分の得意分野で、建築という仕事を一生の糧にできるようにする人になれるように導く水先案内人。を自称しており、玲奈の他にも、社外の人材を指導したり、職種選択の道筋をつけてやったものも何人かいる。
「専務、ちょっといいかな?」
デスクに戻ると、いすみの父親であり、舞波工務店の社長である、舞波隆が声をかけてきた。
「大丈夫ですよ。」と、事務所の中央の打ち合わせスペースへ移動する。
「いや、そこじゃなくて、社長室の方へ。ちょっと内密な話なんだ。」
社長室へ移動し、ドアを閉める。
社長室と言っても、六畳ほどしかない部屋なので、いすみは社長のデスクの脇に、折りたたみイスを広げて座る。
「ある案件について、相談したい。」
「どんな案件ですか?」
「公共事業だ。それもかなり大きな話だ。」
「公民館とか、美術館の建設ですか?」
「いや、もっと大きい。というか、どんな建物になるかもわからない。場合によっては、工法の検討もウチでやる必要もあるかも知れない。」
「都市計画レベルの話ですか?事務所時代には関わってましたけど、ウチの規模でやるのは難しいのでは?ちなみに、現場はどこなんですか?移動距離によっての経費、ウチの手が使えるかも変わって来ますよね。」
大きな事業を行うには、舞波工務店の規模では心もとないし、外注任せで、自分たちはなにもせず「利ざや」だけを稼ぐような仕事は、舞波工務店の仕事としては、やりたくない。
「距離はすごく遠いと思う。ただ、移動時間は短い。ここから2時間もかからないと思う・・・。」
「??」
奥歯にものの挟まったような言い方をする社長に、数年前、舞波工務店を崩壊させかねない事案を持ち込んだときの社長の物言いを思い出す。
社長が、いすみの制止を聞かず、独自の判断で持ち込んだ「案件」と、社長の連れてきた人物によって、会社は崩壊一歩手前まで追い込まれたのだ。
そんなことを考えていた、いすみの表情を見てとった社長は、
「違う、違う。あのときのような話じゃない!しかも、この案件は、安西先生も関わっているんだ。」
いすみが、舞波工務店に勤務する前に在籍していた関西の設計事務所の代表の名を、社長は上げた。
「この案件の座長を、安西先生が勤めていらっしゃっていて、東京に滞在中だ。明日かあさって、時間をとってくれないか?」
「・・・わかりました。では、明後日にお願いできますか?」
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