第3話 異世界での建築依頼-3

「仕事を依頼したいっておっしゃっても・・・。ちょっと待ってください。訳が分からないんですが、とにかく、ウチにこの<異世界?>で建物を建てることを依頼されるですって?」


いすみは、このわけのわからない依頼の内容を再度、安西に問いただす。

問いただしても、この状況の整理ができるとは思えないが・・・。


「そうだ、正確には、この世界に日本政府の領事館のような建物を建ててほしい。設計、施工ともに依頼したい。」


安西はいすみの動揺ぶりを楽しむように、言葉を続ける。


「なあに、設計して、職人集めて、建てるっていうことだけさ。君が普段、やっていることと変わらない。


この世界には、ややこしい建築基準法も、瑕疵担保のしばりも、めんどくさいしがらみもない。敷地も広くて、建てたい建物を建て放題だ。

素材もいろいろあるようだし、建築家としても、工務店としても、面白い仕事だぞ。請けない理由はないだろう。」


どんどん、話を進める安西に、それまであっけにとられていた社長が、ようやく口を開いた。


「あの、安西先生、ご依頼いただけるのはいいんですが、お話しを伺うかぎり、クライアントは日本政府ですよね?」


「そうです。日本政府からの依頼になります。」


いすみに対するのとは口調を変え、安西が答える。


「じゃあ、いろいろな省庁の優秀な方がいらっしゃるでしょうし、大手ゼネコンや安西先生の事務所でもスキルの高い人たちがいるじゃないですか?なんで街の工務店のウチに依頼なんですか?」


「確かに、設計だけのスキルや、交渉ごとだけならば、非常に高いスキルを持っている者もいますし、実際にやってもみました。」


安西はさらに答えて行く。


「ウチの事務所のチーフクラスにもやらせてみたんですが、どんなに頑張っても、私のところは結局、設計事務所です。

設計としての仕事のルーチンから抜け出せないから、うまくいかない。

省庁のキャリアや、ゼネコンにもとっかかりまで依頼してみたんですが、現地との情報収集や、収集した情報をどうやって実作業に移すかといった創作力に欠けているので、このメンバーでも頓挫してしまいました。


・・・というよりも、<検討>している時間ばかり多くて、結局、ほとんど何もやってない。というのが実情です。」


社長の問いに、一通り答えると、安西はいすみに向き直り、言葉を続ける。


「キミならば、私のところで培った公共建築や、都市計画の大型プロジェクトの経験もあるし、コストコントロールや、いろいろな組織との付き合い方も心得ているし、図面も書ける。

ウチをやめたあとは、個人の住宅建築も手がけているから、対個人の交渉にも長けている。

さらに、工程、監理、管理、すべての側面で現場を仕切ることもできるし、いざとなれば、自分で道具をふるうこともできる。そんな人材はめったにいない。」


「また、キミは人を動かすのがうまい。特に、自分と関わったことのない人を味方に付ける。もしくは、仕事が進むように動かすことができるベクトルに向ける能力に長けている。例の工務店ネットワークを使った、震災のときの臨機応変な対応力はすばらしかった。」


3年前に、関東地方を襲った大規模地震の際、被害を受けた、近隣住民への支援活動。

工務店の集合体による「工務店ネットワーク」と、舞波工務店の敷地に建てた小屋をベースにした、自衛隊や消防署との連携は、民間業者と行政の連携の理想的なカタチとして、災害対策の成功事例として、記録されているし、非常事態が終わった後の、工務店ネットワークを使用した、被災を受けた住宅の復旧についても、多大な貢献を行った。


そのときの中心が、舞波工務店であり、舞波いすみだった。


「私は、常々、建築っていう仕事の7割はクライアントはもちろん、職人、問屋、近隣の人間といった対人コミュニケーションを取ることだと思っている。

<異世界>なんていう、すべてが初見の世界で仕事をするには、そういった資質が絶対に必要だ。」


「あのときは、とにかく無我夢中でしたし、ベースになったのは、ウチの社員や、今まで仕事をしてきた人たちとの信頼関係の積み重ねです。

それに、すべての人を味方に付けることができるわけではありません。完全に反目している相手を、説得し、味方に付けることができなかったこともあります。先生もご存知ですよね・・・。」


すべてにおいて、順風満帆だった自分のキャリアと居場所を、たった1人の手によって奪われた経験をいすみは安西に思い出させるように語る。


「・・・・。あのときは、やむを得なかったし、すべてにおいて、パーフェクトである必要はない。事実、君はそのまま終わることなく、きっちりリカバリーして、新たなフィールドで活躍している。

それをそのまま、やってくれればいい。人選は君に任せるから、舞波工務店の社員や、工務店ネットワークのメンバーを使っても構わない。この世界でも、君のやり方を変える必要はない。」


「・・・わかりました。少し、考えさせてください。」


安西は、いすみの手をがっちりと握り、「待ってる」と答えた。


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