第12話 留守はあたしが守ります‼

「と、言うような経緯の連絡が専務からありました。これから1ヶ月、専務は不在になりますので、お仕事の割り振り会議を始めます。」


打ち合わせブースに集まった舞波工務店一同を前に、華江が宣言する。

「異世界での仕事」を請け負った。ということは、社員全員把握済みである


「あっちの現場で人足にんそくかあ、それはそれで楽しそうですね。」


舞波工務店10年目の小林が言う。


彼は大学の建築学科を出たにも関わらず、直接、舞波工務店に入社した変わり者で、3年前に一級建築士の資格を取得し、設計だけではなく、主に現場管理で腕を振るっている。

基本、現場の人間なので、いろんな現場に興味を持つのは当然だ。


「そうですか?食べ物とか、人間関係とか難しそう。というか、人間以外とも付き合うんですよね。オークとかエルフとかドワーフとか。こういうヒト?達とのつきあいも人間関係っていうのかなあ?大丈夫ですかね?専務。」


まだ、工務店業務に慣れていない状態であるにも関わらず、異世界での建築作業などと言う訳の分からない仕事を受注している会社の現状に戸惑いを覚えつつも、異世界事情に以外と通じている意見を玲奈が言った。


「大丈夫だろ。警備会社の人が護衛についてるそうだし、田尾君も一緒だしね。」


異世界に行っても、いつもの立ち振舞いを崩さない、いすみを見ていた社長が言う。


「それに相変わらず、モテてるみたいだしね。」


いすみの劇団の俳優的な佇まいに、現地の女性が色めきだっていたのを社長は見ていた。


社長の余計な一言を受けて、バン!といらだたしげに、各物件の概要が納められたファイルをテーブルに叩きつけ、華江は社員の注目を向けさせる。


「とりあえず、私たちの仕事は専務の留守を守ることです!こないだ練馬で上棟したH邸は、小林くんも設計に関わってたから、そのまま管理もやってください。

中野のS邸の管理と新橋のK美容室は、私と玲ちゃんでやります。

設計業務は、専務が請けたのはもう、ほとんど終わってますので、工事段取りはあたしと小林くんで一緒にやりましょう。それから各自が受けた仕事はそのまま進行してください。そして社長!」


のんびりと華江の指示を聞いていた社長は、いきなりの指名に、飲もうとしていた麦茶をこぼしそうになる。


「社長は今請けている小規模リフォームの管理と、これから来るリフォームの引き合いの対応をお願いします。」


「せ、瀬尾くん、僕は実務の対応は,。」


まだ還暦を過ぎたばかりで、この業界では、引退するにはまだまだ若い社長だが、いすみが入社してからはほとんど建築の実務をやっていない。


「できないなんて言わせませんよ。震災のときの動き、素晴らしかったじゃないですか!」


3年前の震災時まで、優秀すぎる息子への引け目もあって、俺は経営者だから実務はやらない。と徹底的に昼行灯ひるあんどんを気取っていた社長だったが、即席でテレビアンテナをつくってみたり、補修工事を見事な手際で行ってみたり、実務においても決して無能でないことは、5寸の急勾配の屋根に、いとも簡単に上がり、地震の揺れで倒壊した棟の補修を行ったのを見ていた華江はよくわかっている。


「あ、あれは、非常事態だったからと言うか·····。」


「専務がいない今、戦力になる社長にはガンガン動いていただきます。そもそも10人やそこらの工務店で経営戦略もなにもないでしょう。」


「いや、それでも・・・。」


「とにかく、社長はリフォームの業務を一貫してお願いします。

この案件を持ってきたのは社長なんですから、責任取ってくださいね!」


「それから。」


ちょっと凄みを効かせた華江の目線に、社長が怯む。


「現地で専務がモテてたっていうお話、詳しくヒアリングさせていただきましょうかあ?」


とにかく、いろいろ逃げられないことを悟った社長であった。

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