第10話 紹介状
「あの野郎、この紹介状つくるのも絶対ぼってやがるよな。」
2人にはまったく読むことのできない言語がのたくっている紹介状を見ながら、田尾が言う。
この世界の言語は、どんな神通力が利いているのかはわからないが「意味は頭に入ってくる。」
だが、文字は読むことができない。
向かっているのは、王都での建築仕事を一式取り仕切っている「ギルド」だ。
自分が普段、働いている地域の外で、商売や仕事をする場合、その地域の顔役に挨拶をして、スジを通すのは、どの世界でも、基本中の基本だ。
昔は、大工や職人が自分たちが住んでいる地域以外で仕事をする場合は、その地域の職種の集まった<組合>やいわゆる<親分>と言った顔役に必ず挨拶をして、スジを通した。
顔役は、挨拶にきた人物を見極め、おかしな者でなければ、商売をするのを許し、彼らから、なんらかのマージンを取った。
そのマージンによって、その地域の工務店や大工が仕事を請け負えなかったデメリットを別な形で還元させ、他の地域から来た業者には、スムーズに仕事が進むように、その地域でトラブルが起きないよう、簡便をはかる。
全国展開されているハウスメーカーが、新築住宅のほとんどを占める昨今。あまり、行う者もいなくなっているし、やらなかったからと言って、罰則や弊害があるわけではないが、いすみは、現場の近所に工務店や大工、職人の顔役がいる場合は、必ず、挨拶に行くようにしている。
これは、異世界でも同様なはずで、例の商会。<レ・ブン商会>に聞いたところ、建築はもちろん、流通や販売等、いろいろな部門の組合である<ギルド>があるので、調査をしたいのであれば、紹介状を書くので、まず、そこへ行け。と言われた。
しかし、例のゲイアサプライヤー購入金額3倍事件をはじめ、建物の賃料を不当に吊り上げている・・・。といういわくつきの商会だから、どこまで信用できるのか。書面作成にあたっての価格は適正なのかはわからないが、現状では、ここしかツテがないので、やむを得ない。
どう見ても、話を聞いても、付き合っていてメリットのある相手ではないのだが、先行したスタッフは、新たな商会を開拓しようとはしないし、建物の外に出ることもしない。
そのような事態になってしまったのは、高橋が、初めて会ったこの商会の素性を調べることもなく、盲目的に仲介を頼んでしまったために、彼らに主導権を握られてしまったためだ。
さらに、他の商店や、取引先にも、「こいつらは、レ・ブン商会の管轄下にある。」と見られてしまっているため、他の商人や小売店と直接取引をしようにも、アタマを飛ばして、商売をするのは、仁義に反するため、不当に高い値段をふっかけたりして、露骨に取引を断ったりしているのだ。
だが、会社勤めをしたことがなく、ましてや、自分で商売をしたことのない官僚上がりの彼らには、そのへんの理屈が理解できない。
「不当な扱いを受けている!」と主張するだけで、どこに文句を言っていいかわからず、不平をもらしつつも、そのままの状態から建設的な方向に動くことができない。
さらに、彼らは初動の失敗と、恐ろしい怪物に脅されたという高橋の話しから、<異世界>そのものに恐れを抱いてしまっているようで、積極的に現地調査をしたり、交渉をしたりする気力を失ってしまっているようだ。
そして、唯一、「訪ねてきてくれる」商会の者との会話が、外界との唯一の交流ということになってしまっているらしい。
原則として、現地で活動する場合の衣食住は、すべてこの世界のものを使う。という活動の基本原則があるため、ライフライン全般も、彼らに頼りきっている状態だ。
それでも高橋をはじめとする、元官僚の一同は、一日中、建物の中で、なにかの書類を作ったり、ひんぱんに会議をしたりしている。役人は仕事をつくる天才というが、仮事務所は、まさにその通りの不毛な様相を呈している。
「俺も街に出られてうれしいっす。せっかく、こんな珍しいところにきたんですから、どんどん見て回りたいっすし。」
彼ら2人の護衛として、「警備会社」から派遣された長谷部が言う。
自衛隊の元レンジャー持ちという屈強な経歴の持ち主の35歳。
レンジャー記章を持つほどの技量がありながら、異世界での職員の護衛をするという名目で作られた警備会社に「自衛隊をやめて」入社。対人の格闘技にも長けている実力者だそうで、<異世界>に来られるということで、あちこちに行けると楽しみにしていたが護衛対象が、まったく外に出てくれないので、日々、腐っていたそうだ。
状況の把握と、あわよくば、交渉の窓口は自分たちだ(それも、商売の仁義には反するが・・・。)と認めてもらうため、まずは、ギルドに顔を出そう。ということになり、教えられたギルドの建物に向かっている。
建設ギルド<アルテ>の建物は、街の中央広場に隣接した一角にあった。
各種業者が、集まりやすいようにしているための場所なのか、納められる予定の資材を積んだ荷車や、仕事の斡旋を待っているのか、雑談に興じている者もいる。
我々の世界で、建築仕事をやっている者の交渉時間は、10時の休憩時間、昼食を食べ終わって、ひと段落つく、12時半ごろ。午後休憩の3時ごろがセオリーだから、ここでも、手配がひと段落ついたであろう、朝から、ふた呼吸ほど置いた的な時間にやってきた。
狙い通り、ギルドの建物のなかは、ひと仕事終わった雰囲気で、職員がお茶を飲みながら、雑談していた。
たまたま席についていた、カウンターの若い職員を捕まえて、紹介状を見せながら、話しかける。
「レ・ブン商会から紹介されたイスミとタオです。この街のギルド長さんとお話しがしたいんですが。」
若い職員は、紹介状を受け取り、目を通す。
「あれ?今頃来たんかい?みんなもう行っちまったよ。もう、追いつかないかなあ・・・?」
「あ、メテオス!こいつら、現場に連れてってくれよ。荷馬車なら、まだ間に合うだろう?」
メテオスと呼ばれた、浅黒い肌の女性は、振り向きつつ。
「わかった。さっさとおいで。」
手招きをする彼女の方へ行くと、馬につながれた車輪が1つの大八車的な荷車があった。
どう見ても、自立するわけはないが、手を離しても自立しており、これも建物と同じように、薄い板が一枚、鉄でつくられたフレームで取り付けられている。
彼女に言われるがまま、男3人が乗ってもびくともしない。
「これも例の強化魔法ってやつかねえ。すごいもんだ。」
田尾が感嘆の声をもらす。
「じゃ、行くよ。」
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