14.遠慮する必要がどこにある?
「
「
はっとした
「逃げるのなし」
「離せ、俺はっ」
「ここにいたくない? 全く? それを外してしまえば、幸の記憶は全く残らないんだろう? それでいいの?」
「…お前に何がわかる」
「わからないから訊いてるんじゃないか。知ってるなら訊かないよ」
とりあえず、台所に立ち尽くすのも間抜けだと、和希は幸の手を引っ張って連れ出した。
廊下に出ると、とうとう雨が
「ああ、止んだね。溜まってるらしい水も引くかな」
幸はむっつりと黙り込んだままで、和希は、盛大に溜息をついた。用心のために手首は離さないまま、冷えた廊下で向かい合う。
「言ってくれないとわからない。本当に厭なら、
幸は
「…俺は。いれば、迷惑を掛けるだけだ。…
「だからって、幸がいなくなる方が厭だ」
「何を――」
「言ったじゃないか。幸が大好きだって。そう言った相手は、
「竜見、お前…」
「何?」
手は、もう離してしまった。
差し込んだ月の光に、うっすらとではあるが、呆然とした幸の顔が見えた。そうして、ふっと笑う。
「…もう少し、いてもいいか?」
「いいに決まってる」
良かった、と胸を
好きにすればいいとは言ったが、いなくなるのが厭なのも本当で、恐かった。
安心すると、日常が戻る。
「あ。とりあえず、何か食べた方がよくない? 簡単になら」
「暗いところで何してる、飯なら作ったぞ」
「あー。絶対全部聞いてたな、たつ兄」
言葉と一緒に明かりのついた台所に、足を向ける。行ってみれば、一口大のサンドウィッチが並んでいた。本気を出せば手早い。
「そうだ、少年。
「どうしてそんな遠くに?」
「俺の大学があるからだ。教授にも一枚噛んでもらったんだが、どうやら知り合いだったらしくてな。何か知らんが、少年が無事だと知ったら、二人で酒盛りを始めて研究分野のことやら何やらで盛り上がって、他の奴はついていけてないらしい」
「…あの人も、なかなかに面白い人なんだね…」
さすがは幸の育ての親だ、と、ふっと和希は視線を遠くへ飛ばした。
そうして壁掛け時計が目に入り、あ、と短く声を上げる。
「明日、学校あるのに。うわー、面倒だなー。休みたい」
「休めば? どうせ梅雨祭の片付けだろ。というより、休みじゃないか?」
「どうして?」
「土砂崩れ。おかげで俺は、お前と後輩君
「そ…そういうことは早く言ってよたつ兄…」
確かに、あの降りなら不思議はない。早々に土砂崩れが起こり、山津波にならなかっただけましとも言える。
しかし呆れ顔の和希に対し、巽は、からからと笑った。
「何、民家がまばらなおかげで、そこまで大したことにはなってない。後片付けが大変なくらいだろう。ただ、道がいくらかつぶれてるから、多分学校はない。むしろいいこと
「いや、よくはないと思う」
溜息をついて、いつの間にか黙々とサンドウィッチをつまんでいる幸を見て、しかしそれでよかったのかもしれない、とも思う。
幸は、もう二、三日、休んで杉岡と話をした方がいいだろう。
本当に全てが片付いたのかは知らないが、一旦は、これで収まったと考えてもいいのかもしれない。
「ところで、カズ。俺のこと好きか?」
「うん、好きだよ? 何、突然」
「いやいや、気にするな」
そう言って
「ふふん」とでも言いそうな笑い方で、うわ
「…竜見」
「はい?」
「いい性格をしてるな、こいつは」
「カズ。友達を作るなら、もうちょっと選んだ方がいいぜ?」
「…巻き込まないでくれる? 二人の気が合ったのはよく判ったから。もう、寝るよ。おやすみ」
ああ疲れた、と、小さくぼやく。起きたら、何が起こったかの確認をして、祖母と
本当に片が付いているのなら、明日には、日常に戻れているだろう。
「ああ、カズ。俺、明日か明後日には大学に戻るから」
「…わかった」
「で、秋には教育実習で一旦戻ってくるからな」
「何!?」
和希よりも先に、幸が厭そうな声を上げた。驚いて振り返っていた和希は、睨む幸と、不敵に笑う巽の両方を見ることになった。
なんだか、楽しそうだと思った。
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