14.なんでもかんでも信じるなよ

 どのくらいの時間がったのかと時計を見れば、十二時を差している。当然夜の十二時だろうが、思っていたよりも、眠ってはいないようだ。


「それで、たつ兄は?」

「はい?」

「どう絡んでくるの。ボクが連絡して、手伝ってもらって、それ以外にも噛んでるんだよね?」

「色々と縁があってな。まあ、深く気にするな。俺がカズの嫌がることはしないって、判ってただろう?」

「まあね」


 温かいものをおなかに入れると、腹立たしさもどこかへ消えてしまう。

 それでなくても、そもそも和希カズキタツミを疑ってはいなかったのだし、裏切られてもいない。だからこそ、問いかけも後になった。

 しばらく二人は、食べることに専念した。

 黙々と雨音を聞きながら食べ進み、二人分にはいささか多かったはずのご飯が姿を消すと、一足先に食べ終えていた巽が、じっと和希を見ていた。


「カズ。…まだ、気にしてるのか」


 何を、というのは無駄な反応だ。


「だって、忘れられないよ。ボクは、覚えているからね」

「そういう問題じゃないだろう」

「じゃあ、どういう問題? 忘れた振りをして、仕舞しまい込んでればいい? 厭な思い出だからって、封をすればそれでいい? ボクは――お祖父じい様が好きだったのに、それも一緒に、押し込めてればいい? ボクには、記憶を薄れさせることなんてできないんだから」


 祖父は、和希を男として扱った。そうやって、十年近くを過ごしていった。

 和希は、それが常識外れと知っても、祖父が好きだから、否定しようとはしなかった。

 だが最期さいごに、謝られてしまった。ゆるしてくれと。――赦せるような対象が、そもそも和希の中にはなかったにもかかわらず。

 恨んでいるだろうと、そう、言われた。

 何も言えなかった。

 祖父が好きだった和希は、何も伝わっていなかったことに驚き、ただ無言で、まるで赦すことをこばむかのように、そこにいた。

 何も言わなくても伝わると、そう過信していた。

 今更涙も出ない和希の頭を、巽の手が優しくでた。


「じいさん、頑固だったからなあ。全部知ってたよ、あの人は」

「――え」

「お前の気持ちを知っていて、それでも行動を変えられなかった自分を、赦せなかったんだよ。挙句あげくに最後の最後にそんな言葉残してっちまうんだから、とんだ大馬鹿野郎だと、俺なんかは思うけどな。俺が言っても説得力ないか?」

「ううん」


 今度こそ泣きそうになって、和希は、ただただ首を振った。


「――ああもう、お前は。なんでもかんでも信じるなよ。好きな奴だって、間違ったことくらいするし、嘘だってつく。たのむから、もっと疑ってくれよ。いや、今は嘘を言ってるつもりはないけど」


 何も言えず、和希は困ってしまった。そんな和希を見て、巽が苦笑いする。


「全肯定されても甘えないでいられるほど、俺は強くないんだよ。カズ」

「…だから、ボクと距離をおいたの?」


 呼び方を変えて、県外に出て、和希の前から姿を消した。勿論、通いたい大学が近くにはなかったからでもあるのだろうが。

 巽は、ふっと息を吐いた。


「さて。少年でも、起こしに行くか。後輩君は、寝かせとけばいいだろ。起きるとうるさそうだし。馬鹿なことしないように引き止めるのにも、随分苦労したんだぜ」

「たつ兄」

「なんだ?」

「…ううん。ありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る