13.ねえ、仮説一

「…離れていろ」

「と、言われても、囲まれてるんだけど」


 小声のまま、とりあえず、和希カズキタツミほこらに背をつけた。

 一歩踏み出したサチは、腕環うでわを外し、それを和希に投げて寄越した。

 少し外れて祠に当たりかけたところを、寸手すんででつかむ。そのせいで転びかけた和希の体を、咄嗟に水無瀬が抱き止めていた。

 そんなことをしている間に、「長良ナガラ幸」は「浅葱アサギ」へと替わり、異常なざわめきの主たちは、威圧的な演出の元、姿を現していた。


「手間をかけさせてくれる」


 取り囲むのは、迷彩服を着た男たち。幸を狙ったライトが煌々こうこうと照らし出した指揮官らしき者は、黒服に黒眼鏡だった。幸の家に来た人物だ。

 迷彩服も黒服に黒眼鏡も、どこの二流映画だと、巽に抱きかかえられたまま、和希は呆れ返った。

 だが二人に背を向けた浅葱は、失笑した様子もない。ただ無言で、片腕を振り上げた。


「み、水ッ?!」


 迷彩服の集団から口々に、似たような言葉が漏らされる。だが和希には何も感じられず、巽を見ても、こちらも、浅葱を見据えたまま、わずかに困惑顔だ。

 改めて迷彩服たちを見ると、まるで大水が流れてきたかのように、身体をのめらせ、もがいたりしている。

 狭い場所に密集しているだけに、誰かの振り上げた手が他の誰かに当たり、その為に倒れたりもしている。

 だが、黒服の男だけは、和希たちと同じように、何の変化も見られない。


「ねえ、仮説一」

「ほう」

「彼は幻術を使っている」

「ああ」

「仮説二。これに触れていたら幻術はかない」


 そう言って、握り締めている腕環を示す。正しくは、原料に使われている鉱石だか何だかだろう。


「俺は?」

「仮説二ダッシュで、ボクをつかんでるからとか? 離れてみたら、たつ兄も水が見えるかも」

「…試すのは後でいいぞ?」

「そう? じゃあ、仮説三。あの黒服もこれを持っている」

「かもなあ。で、何をするつもりだ?」

「たつ兄、ちょっとおぼれててくれない?」


 落とさないよう時計を腕にめ、和希は、にこりと微笑ほほえんだ。巽が、いやそうに顔をゆがめる。


「カミサマなら、神通力じんつうりき使ってあっという間にやっつけりゃいいのに」

ワレを神と呼んだのはお前たちだ。そう名乗ったことはない」

「うわ、きいてやがった」


 そうと知ってもおさえた声で、巽はぼやいた。

 浅葱は、相変わらず二人に背を向けたまま、微動だにしない。

 その向かいで、男がにぃと笑った。


「龍神。あなたは何故、こんな者たちとここにいる? 辰見タツミ水瀬ミナセも、あなたを裏切った者たちではないですか」


 穏やかな声に、優越感がにじみ出ている。


「あなたの子を奪い、意のままに育てることであなたの監視役に当てた、水瀬。そんな子供とあなたを見捨てて分家に逃げた、辰見。憎み恨みこそすれ、気遣う理由などどこにもないでしょう」

「だからって、そっちに手を貸すことのほうが理由がなさそうだけど?」


 突然げられたことに、驚きはしたがそれ以上に腹が立った。事実かどうかはいて、男たちが高らかに糾弾できるとも思えない。

 和希は、照らし出された男を睨みつけていた。

 かちりと、金属音がした。和希の腕から腕環が外され、ぎこちなく、首をめぐらす。

 巽が、笑っていた。


「ごめん、和希君。少し幻を見ていてくれ」


 その言葉と共に肩を押され、巽にいくらか重心を預けたままになっていた和希は、呆気なく草の地面に倒れ込んだ。

 そうして、巽の手が離れたのと前後して、奔流に押される。 


「っ…ぅ」


 普段触れているものとは比べ物にならない、圧倒的な勢いに押され、そしてそれが頭まですっぽり包む高さが十分にあり、息ができない。目も、開けてはいられなかった。

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