12.少年面食らってるから

和希カズキ。あいつらが来たら、これを外せ」

「何故ボク?」

「今のところ、誰かに外されても許すのは、杉岡スギオカか和希くらいのものだろう。自分で外せというのも、少しこくだ。――つらいなら、水無瀬ミナセにやってもらうが」

「ええ、俺?」

「お前は、長良幸ナガラサチにどう思われようと歯牙しがにもかけないだろう」

「その通りで」


 皮肉気味な笑みが向けられる。和希は、ぼんやりとそれを見ていた。

 仲が良さそうで、なんだかずるいなと、意識の端で考える。少し話しただけだろうのに、通じるものがある。

 和希は、一人置いてけぼりを食らったような気持ちになっていた。

 ああ、違うそうじゃなくてと、和希は息を吐いた。


浅葱アサギさん、あなたは何をしようとしているんですか?」

「借りを返すだけだ。当然の権利だとは思わないか? どうやら、この後も邪魔をしてくるようだしな」

「それは、わかるけど。わざわざそれをめる必要はある? 幸に戻っても――意味はないでしょう? むしろ、手間が増えるだけに思える」


 つとめて平然と放った言葉に、ふうと、浅葱は笑った。


ワレは、長良幸が羨ましい。長良幸には、大切なものが沢山ある。吾は、なくしてしまった。――長良幸が認めてくれるなら、吾は、眠っていたい。長良幸の見る世界を夢見て、眠っていたい」


 え、と、和希は声を漏らしていた。


「そう、長良幸に伝えてくれ」

「って待ってえちょっ…!」


 和希が手を伸ばしたときには遅く、既に、浅葱の右腕には腕環が嵌められていた。

 勢いでがっちりと肩をつかんでしまい、思いがけず至近距離で、夢から覚めたような表情の幸と目を合わせることになった。


「…やあ?」

「っ、なんっ、何やってんだお前っ!?」

「逃げられたーッ! 一方的だずるいッ!」

「た、竜見タツミ?」

「カズ、少年面食らってるから」

「あ。ごめん」


 言われて、半ばしがみついていた体を離す。

 改めて友人を見ると、驚いたかおは教室にいたときと変わらず、何故だか、泣きそうになった。

 上手く言葉が浮かばず、助けを求めてタツミを見る。旧友は、肩をすくめて笑った。


「少年。話はできたよ、ありがとう。話した内容を聞きたいか?」

「…俺にも、酒」

「勝手に飲みな。浅葱の飲みかけもあるし。ああ、浅葱ってのがもう一人の君の名前らしいぞ、少年」


 幸が苦いかおをしているのは、馴れ馴れしく話しかけられるからか、気分でも悪いのか。

 和希は、そう考えてから、自分の呼び方も変わっていることに気付いた。むしろ、戻っている。

 幼年時のそれ。

 そう呼ばれていたときは、和希も「たつにい」と呼んでいた。やめろと言われ、今の呼び方になってしまったのだ。

 和希は、幸がグラスに半分ほど残っている上から更にそそぎ、一息で飲み干してからなみなみとぐのを見て、溜息をついて自分用に紅茶を入れた。

 巽はウイスキーをめながら、簡潔に先ほどのやり取りをげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る