12.空きっ腹で飲むと悪酔いする

 完全にいたやかんの火を止め、温めるためにそそいだポットとカップの湯を捨て、ティーポットに茶葉と湯を注ぎ入れた。

 蒸らす際にポットに被せるカバーまで置かれていて、おばさんは――もしかしたら、おじさんかもしれないが、とにかくどちらかは、紅茶が好きだったのだろうかとぼやりと推測する。

 両親を共にうしなったというのは、そういえば同じ境遇だと、和希カズキは今更ながらに思い至った。

 違うのは、そのときの年齢と、庇護者が肉親か他人か、だろうか。

 もっともそれは、竜見タツミ志郎シロウという同一人物ではあるのだが。


 カバーのかかったポットとティーカップ三客、残念ながら牛乳はなかったがスティックの砂糖、ティースプーンにグラスが二つ、天然水の二リットルボトル、つまみの入った袋。袋以外は、全て盆の上だ。

 ずしりと重いそれらを一度に持ち、和希は、どうにか歩き出した。 

 これで、扉を開ける必要があればさすがに無理があっただろうが、廊下へは短い暖簾のれんがかかっているだけで、布団を敷いた部屋のふすまは閉まっていたが、声をかければ開けてもらえた。


「うわ酒臭!」


 長々と考えにふけってはいたが、何十分とけたわけではない。それなのに、既に部屋には、アルコールの匂いが充満している。


「言い忘れてたけど、水無瀬ミナセさん。サチ、一応ボクと同じ学年だよ」 


 未成年者の飲酒は法律で禁じられています、と言って、和希は、あいている床に盆を下ろした。

 つまみの袋も腕から外し、くっきりと残る跡に、少しばかり顔をしかめる。

 巽は、ふん、と鼻で笑った。手元のビールは、既に二缶目と推測された。


「俺よりずっと年上だろうが。なあ?」

「まあな」

「―――――――!?」


 頃合かと、自分の分の紅茶をそそごうとしていた和希は、ようやく気付いて絶句した。

 銀を散りばめたような瞳、明らかに幸のものとは異なる、それどころか人とは一線をかくした、硬質な気配。

 何故今まで気付かなかったのかがわからない。

 ぱくぱくと口を開閉させるに終わった和希の目の前で、ゆるりと、「それ」は缶のビールを飲み干している。にやりとした、タツミの声が聞こえた。


「どうだ、飲ませたぞ」

「――でも、もし戸籍があれば、やっぱりボクと同じ年齢だと思うよ。そうすると、法的には未成年。未成年者の飲酒は、すすめた人に罰則があります。まあそれよりも、きっ腹で飲むと悪酔いする」 


 不意打ちからとりあえず立ち直り、探し当てたつまみを広げる。

 材料さえあればしっかりとした食事をりたいところだが、何もないのだから仕方がない。

 ちらりと「それ」を見ると、黙々と、ビールを飲み干した次は、日本酒に取り掛かろうとしている。和希は、溜息をついて、つまみを押し出した。

 あの威圧感はやはりあるのだが、嫌悪感は薄れている。


「あなたも。朝ごはんさえろくに食べてないのに、酒だけ飲んでると倒れてもおかしくない。わかってる?」

「……お前たちは…何者だ」

「そう訊かれて、正確に語れる人間がどれだけいるんだか」


 あっさりと質問をらし、和希は、紅茶を注いで砂糖もたっぷりと入れた。頭を動かすには、糖分が必要だ。

 巽を見ると、こちらもあっさりと、肩をすくめた。


「言っとくが、無理やり外させたわけじゃないからな。話して、その末のことだ」


 そう言う巽と「長良ナガラ幸」の間の畳には、銀色の腕環が転がっている。和希は、なんとなくそれを拾い上げ、めてみた。ただの装飾品のようだ。

 「それ」は、そんな和希、というよりも腕環を、厭そうに目を細めて見遣った。

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