12.心の友を消費するのか

「あのさー水無瀬ミナセさん?」

「あ?」

「この家、お茶すら埃かぶってたのはいいんだけど、冷蔵庫と戸棚一杯のアルコール飲料は何?」

「俺の心の友だ。文句あるか」

「心の友を消費するのか」


 半ば意識して、笑う。肩の力が抜ける。

 そのまま和希カズキは、先ほどの日本茶と一緒に発見した、缶入りの紅茶を手に取った。

 やかんに水をして火にかけていると、タツミが、当然のように缶ビールや日本酒、ブランデーを手に取っている。呆れ顔をして見せた。


「これからどうなるか判らない状態にそれって、どうなの」

「あの生真面目君、酔わせたら面白いと思わないか?」

「それ以前に飲まないと思う」

「いいや、飲ませてみせる」


 その自信はどこから、と和希が言うよりも先に、きっぱりと背を向けられてしまった。仕方なく、その背を見送る。

 湯飲みは片付け、ティーカップを、一応三客。

 巽はグラスを持っていかなかったが、缶ビールはともかく、瓶入りの日本酒やブランデーはどうやって飲むつもりかと、グラスと、これも冷蔵庫にあった天然水とを手に取った。

 それから、あちこちを探索して、食べられそうなもの――主に、乾き物の酒のさかなをみつけ出し、それを一まとめに袋に入れる。

 何往復もするのは面倒で、こうすれば一度に持てそうだ。


「これから、どうするかな」


 湯のきかける音を聞きながら、つぶやいてみる。

 日常に戻れるなら、喜んで。

 問題は、それが認められるかというところ。

 認めないと主張されるだけなら勝手だが、行動がともなえば、和希の日常は、手を伸ばす間すらなく崩壊するだろう。昨日今日のように。

 恐くないと言えば、完全な嘘だ。巽や祖母や節子セツコらを、失うかもしれない。

 自分のことは、何が起きても自業自得と思うからか、さほど惜しめもしないのだが。

 幸の得体の知れない側面も、恐い。

 「長良ナガラ幸」は怖いと思わなくても、別の面に「それ」がある以上、切り離せもしない。

 だが、その彼を平然と傷つけ、痛みをひとかけらも考えようとしない「彼ら」には、怒りは覚えても、恐怖はない。あるとすれば、嫌悪感、あるいは気持ち悪さ。


「さて。どうしようね」


 呟いて、和希は、やかんの湯をティーポットとティーカップにそそいだ。今は使われていないだけで、下手をすれば無駄に、食器や小物の多い家だった。

 小道具、という言葉から、舞台演劇を連想する。

 舞台の上で、あからさまに創られた世界を、現実として演じる。どこか今の状態と似通にかよっているようにも思えた。

 誰もが嘘と知りながら、じっと、「現実」を見つめる。一度その場を離れれば、そこにあるのは何一つ変わらない「日常」。

 一歩を踏み出すことさえ恐れるほどに怯えている一方で、どうにも実感に乏しい。だから、そんなことを考えてしまうのだろうか。


「みんな、タイミング良すぎるんだもんなあ」


 呟いてみて、和希は、そうかと納得した。舞台が整えられているのだ。

 あの時点では親しく話す程度だった幸の、保護者――杉岡スギオカと出会った翌日に彼が拉致され、こともあろうか、幸自身も連れ去られようとした現場に遭遇。

 そして、同時期に、関西に出ていた巽がこちらに戻っていた。長期休みの時期でも、試験休みの時期でもないというのに。

 生徒会長もそうだ。実にタイミングよく、情報をくれた。

 偶然、あるいは必然。

 ただそれだけだ。

 それをあまりにも嘘くさく感じてしまうのは――全てを、鮮明にそらんじることさえできるからだろうかと、和希は、ひっそりと自嘲じみた息を吐いた。

 それを帰着点にすることのほうがよほど、無理やりだと思いながら。 


「戻るか」

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