12.ハイジャックってしてみたくない?

「お茶発掘したよ。水無瀬ミナセさん、寝泊りしてる割には、ここ何もないんだけど?」

「そりゃあ、寝るだけだからな」


 はぁ、と溜息をついてみせる。

 しかし気を取り直して、サチタツミとを交互に見遣みやった。


「何か話、した?」


 湯気を立てる湯呑みを三つ載せた盆を一度畳に置き、幸に確認をとってから、上体を起こすのに手を貸す。その間に、巽は自分の湯飲みを手にとっていた。

 じろりと見ると、肩をすくめて、盆の上から別の湯飲みをとって幸に差し出す。

 幸の視線が探るようなものであることに気付き、何も話していないのかといぶかった。


「この人は、ボクの幼い頃からの知人の水無瀬巽さん。いろいろと手を借りてて、杉岡スギオカさんも、今は水無瀬さんの知り合いのところに保護されてる。状態は、まだ判らないけど。地下から、幸を連れ出すのも手伝ってくれた。…覚えてない?」

「いや…お前がいたのは、多分…」

「それは残念。活躍してたのに」


 素知らぬ顔で茶をすする巽に苦笑して、ほとんど一息で空になった幸の湯飲みを、自分用に持ってきていたものに替える。


「だから、水無瀬さんには大まかに話したよ。幸のこと」


 怒られるかと思ったが、一瞬、息を詰まらせたような様子はあったが、沈黙が返される。

 なんとなく、和希カズキは肩をすくめた。


「勝手につれだしたけど、この後、どうしようか」

「…何も考えてなかったのか」

「あのね。ボクは、ただの女子高生だよ? ここまでやってのけただけで、とてつもなく凄いと思わない?」


 ぼそりと呟いた巽を、そう言って和希は睨みつけた。

 実際、自分でも考えなしだと思うが、かといって、あれこれと考えてしまえば、身動きが取れなかっただろうとも思う。

 自分どころか他の人の身も危険にさらし、友人の命さえも左右しかねない状況を、ただただ走り抜けて何が悪い。走られただけもうけものだ――というのは、いささか強引だとしても。


「今の日本で、隠れ住むってのも難しいよねえ。かといって、欧米に逃げるのは余計危ないし。実験材料にされるよ。国外逃亡するなら、やっぱり南米か東南アジア?」

「パスポート持ってるのか?」

「あ。水無瀬さん、ハイジャックってしてみたくない? 旅客機じゃないやつで」

「阿呆、それなら金持ちの子供かペットを誘拐する」

「あ、なるほど。さすが」

「さすがって何ださすがって」


 完全な冗談ではないのだが、何故か、巽と話すと冗談にしか聞こえなくなる。

 当人でそうなのだから、はたから聞いていれば如何いかほどかと、和希は、胸のうちで溜息をついて幸を見た。

 だが幸は、ただひたすらに険しいかおをしている。呆れも怒りも見られず、あるとすれば、焦りか。


「幸?」

「…何故、こんなことをした」


 はあと、和希は盛大に溜息をついた。すっと、立ち上がる。


「終わったことにこだわってどうする? どうせ心配するなら、この先にしてほしいね。今のところ、ハイジャック案しか出てないんだから。相手が、これで終わってくれるようならそれでもいいけど」


 言って、空になった三つの湯のみを盆に載せ、一旦二人に背を向けた。巽も立ち上がり、ついてくる気配があった。

 そのまま、先導でもするような並びで台所へと移動する。

 幸は、起き上がれないのかそのつもりがないのか、とりあえずは布団の中にいたようだが、この後はどうだろう、と思う。

 だが、それで逃げるなら逃げるで、押し留める権利も、自分にはないような気がしていた。

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