11.生きててよかった

「とりあえず、運ぶか」


 そう言って、サチかついで行くタツミを見送った。

 ふと気付いて、助手席に座る男を見遣みやる。こちらの様子をうかがっていたのか、一瞬、眼が合った。


「ありがとうございました。手を貸していただいて、助かりました」

「え。あ、いや…」


 驚いたような反応に、首を傾げる。男は、逆に慌てたように、声を上げた。


「お、俺は、水無瀬ミナセさんにはお世話になったから、その、大したこともしてないし…」

「いえ。ありがとうございます」

和希カズキ君、何やってるんだ。入って来いよ」


 車のドアが開けられ、巽が覗き込む。和希は、はいと言って、外に出た。

 なんとなく、気が抜けたような感じがある。


ヤナギ、迷惑かけたな」

「水臭いっすよ」


 巽の言葉に照れたように笑う柳に横からもう一度礼を言い、巽たちを置いて、古い木造の家に上がりこんだ。

 現在、この家はなかば空き家になっている。

 巽が無背ナセを出てしまい、両親は既に亡くなっているので、今は、時々隣家の者に換気と掃除を頼んでいるくらいらしい。

 幼年時に度々たびたび遊びに来た和希は、家の配置も知っている。無人の家に、それでも「失礼します」とげて、靴を脱ぐ。

 幸は、居間にでも寝かされているか、今でも時々寝泊りに使うという、巽の寝室辺りだろうと予想をつけた。


「いた」


 居間を経由して、唯一の二階部屋の巽の寝室に行くと、畳に敷かれた布団に、寝かされている幸の顔が見えた。

 先ほど目にした銀を散らした金の虹彩の他に、髪の色まで変わっていた。あれは、幸ではないのかもしれない。

「自分が自分でなくなるよう」だと言っていたが、比喩ではなく、そのものだったのだろうか。

 あれが、神なのだろうか。それなら、何か特異の力を持っているのか。

 事態を把握し切れていない自覚は、あった。中途半端に関わり、中途半端に知っている。


「…生きててよかった」


 つい呟いてから、寝ている間にかせを外しておこうかと、布団の端をめくる。鉄自体は壊せないが、一緒にくっついた寝台の部分なら取りのぞけるだろう。


「うん?」


 指でけずるように落としている途中で、声が漏れる。

 鉄枷の下には、火傷やけどあとがあったはずだった。うっすらとしかないのかと思い、作業を進めて枷を外すが、やはり見当たらない。

 常人よりも高い、自己治癒能力でも備えているのだろうか。

 もう驚く気にもなれないなとぼやいて、和希は、両足も外しにかかった。

 右足はほとんど取れていて、かろうじて輪をたもっている程度だった。左足の方も、手の部分よりも薄い。走ったためだろうか。

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