11.た、助けて…

「この先どうする」

「うーん…とりあえず、着替えと休める場所だね。水無瀬ミナセさん、リバーサイド無背ナセって判る? そこに、着替え一式があるはずだから行ってくれない? 見張りも、いるかもだけど」

「それなら、うちに行くか」

「あ、うん。お願いします」


 バックミラー越しに、おっかなびっくりといった風に向けられるヤナギの視線に気付き、落ち着くまでにもうひと段落あることを思い出して、小さくため息を吐く。

 鏡越しに巽と目が合って、軽く肩をすくめられた。俺は知らないぞと、その瞳が言う。


長良ナガラサチ、って呼んで、わかる?」

「お前は?」


 同じ声のはずなのだが、何故こうも、響きが違うのだろう。ただ一声ですくみ上がりそうになる自分を叱咤しったして、和希は、「幸」を見た。

 そこにいるのは、神でなかったとしても、人ならぬものに違いないと思わせる存在だった。


「長良幸の友人。あなたは、幸ではないの?」

「ああ…そうか…カズキと、言ったか」

「え」


 何故名前を、と思ったが、とりあえずうなずく。「幸」は、ふっと微笑した。


「持っているものを貸せ。それをつければ、ワレはナガラサチになる」

「え?」


 わかるようなわからないような言葉に戸惑っていると、「幸」の方から腕時計を取り、めた。

 途端に、威圧的な空気が消え、髪の色が黒くなる。閉じられた瞼の下の虹彩も、人のそれに戻っていることだろう。


「あ。あぶな…っ」


 ぐらりと、力の抜けた幸の体がかしぎ、そのまま右の窓ガラスにぶつかりそうになったところに手を伸ばしたのだが、勢いがつきすぎていたせいで逆に、反対に倒れ込んでしまう。

 抱きしめるような形のまま、揺れる車内で、押し倒されているような抱きかかえているような状態のまま、ろくに身動きが取れない。

 下手をしたら、シートの下に落ち込んで、余計に身動きが取れなくなりそうだ。


「た、助けて…」

「無理だ。着くまで大人しくしてろ」

「そんなぁ」


 我ながら情けない声を上げながら、低温の幸の体が、徐々に人並みに体温を取り戻していくのが判り、それには安心した。しかし、このままの体勢はつらい。


「幸が起きたら何とかなるのに」

「おい。本当に、それでいのか?」

「え? 何が?」

「今の状況でそっちの少年が目を覚ましたら、お前、抱き合ってる状態だぞ」


 ああそうかと、言われて気付く。それはまずいかもしれない。驚いた拍子に、やはり、シート下に落ちそうだ。

 水無瀬家に着くまでに、苦労して幸の体を動かし、膝に乗せる。到着したころには、その体勢で落ち着いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る