11.柳、上着脱げ

 握った指先に反応はなく、意識がないだろうと思っていた。

 ところが腕環を外すと、目を開けた。

 縦長の、銀を散らした、金の虹彩。それだけでなく、髪までが一瞬で、銀に色を変える。

 首輪をかけようとしていた黒服が、一睨みで足を止め、傍目はために判るほどに汗をかいている。

 静まり返ってしまった空間の中に、みしりと、物の壊れる音がした。

 サチを拘束していた鉄の金具が、右手と両足、三つがほぼ同時に、手術台ごと引きがされる。

 幸の手を握っていた和希カズキは、指先だけでなく、掌全体から体温が失われたのを感じた。


「ッ!」


 音に我に返ったのか、タツミに銃を突きつけていた黒服が、「幸」に向けて発砲した。だが、体に届く前に、かせの鉄でね返してしまう。

 跳弾は、天井に埋まったようだった。


「カズ!」


 黒服の動きで気を持ち直したのか、巽は、気付くと回り込み、和希の横にいた黒服を叩きのめし、愕然と銃を構えたままの男の手元を蹴り飛ばした。

 和希も我に返り、握っていた手を、強く握り締める。


「走れる?」

「お前は…?」

「行こう」


 茫然とする白衣と黒服に手術台を蹴りこんだ巽に後ろを任せ、和希は、「幸」の手を取ったまま、走り出していた。  

 路上駐車していた車に飛び乗ると、運転席で雑誌を見ていた男が、ぽかんと口を開けた。確か、巽の高校時代の後輩だったはずだ。

 彼は、「幸」の姿を認めると、途端に表情を凍りつかせた。


「運転しないなら跳べ!」


 運転席のドアを開け、駆け込んできた巽は、容赦なく男を蹴飛ばし、無理やり助手席へと移らせた。

 小太りの体で窮屈そうにチェンジギアの上をまたぐが、そのときには、もうクラッチとアクセルを踏んでいる。

 そうして走り出すと、男がまだ座席に収まりきっていないにもかかわらず、無茶なギアチェンジで疾走する。

 どこへ向かうのかはわからないが、ビルの中では混乱が続いているのか、追ってくる気配はなかった。受付嬢は目を丸くしていたなと、そんなことを思い出す。


ヤナギ、上着脱げ」

「は、はぁ?」

「一応、その格好は気の毒だろ」


 そんな二人の会話でようやく、和希は、幸が衣服を剥ぎ取られていたことに気付いた。術衣めいたものを着てはいるが、破れている。

 これは目をらした方がいいのかと、窓の外に視線を向ける。どうやら、北上市の中心からは離れて行っているようだ。

 握り締めていた手は、和希の側は離したのだが、「幸」が離してくれないため、つないだままになっている。 

 前座席から渡された薄手のジャンパーを、「幸」は首を傾げて受け取らないので、代わりに和希がもらい、とりあえず腰のあたりにかけておく。

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