11.自己紹介は不要ですか

「遅かったな」


 エレベーターで到着した社長室では、部屋の主よりもむしろ、タツミの方が堂々としている。

 和希カズキは、そんな巽に肩をすくめて応じると、おそらくは部屋の主だろう男に視線を向けた。

 ガラスのテーブルを挟んで向かい合うソファーの奥に置かれた、どっしりとした机と椅子。その机に肘をつき両手を組み合わせた姿は、三流映画の黒幕のようだった。

 サチの家で会った黒服の男ではなく、しかし見覚えがあると思ったら、地方紙の取材を受けたことがあるためだった。

 もっとも、記事自体は読んでいなかったため、名前は知らなかったのだが。

 それにしても――肥満してやまいわずらったガマガエルめいている。


「座りなさい」

「ああ、自己紹介は不要ですか」


 ひとごとのように言って、巽の向かいのソファーに腰を落とす。

 ここまで案内してきた男は、部屋の中には入ってこなかった。外で番犬よろしく、見張っているのだろうか。


「君をここに呼んだのは、他でもない。是非とも、協力していただきたいと思っているのだよ」

「はぁ」

「我々は、今、岐路きろに立たされている。試練の時と言ってもいいだろう。酸性雨に環境破壊、地球温暖化と、早急な対応が迫られている。そのくらいは、君も耳にしているだろう?」

「小学校の理科で習う程度のことですからね」


 相手のあまりに表面をすくっただけの説明に対したつもりだが、通じなかったらしく、中年太りした男は、鷹揚おうようそうにうなずいた。


「そうだろう。それほどに、これらの問題は深刻化している。だが、対応が整っているかといえばそうではない。何もできずに、手をこまぬいているのが現状だ。我々は、それに対して、実に画期的な解決策を見出した」


 和希と巽が、それぞれに目で「どうする」と会話している間に、話は先に進む。今や男は、立ち上がり、演説の体勢に入っていた。


「太古の時代、この地球を支配していたものがあった。我々はそれを神と名付け、うやまおそれていたが、やがて、科学技術の進歩の前に、自然を擬態化したものだといった理屈をつけ、なかったものにしてしまった。しかし、本当にいたのだ。竜見君、君は知っているだろう。その目で見たはずだ」


 タツミ、と呼びかけられ、うっかりと巽も反応してしまう。

 二人はそれに苦笑いしたが、ぎらぎらとした目つきの男は、離れた位置ながら和希の眼を覗き込む。不躾ぶしつけなそれに、ついと目をらす。


「実に驚くべき存在だった。あれは、天候も気候も、風の流れまでも、自在に操れるのだ。それを人が制御できれば、問題の多くが、すぐにも解決するとは思わないかね?」

「それが、こちらにどう関わってくるんです」

「気付いていないのかね。君は、あれのアキレス腱にもなれる。あの化け物は、君のことを気遣っただろう」

「つまり、人質に取りたいと、そういう申し出ですか」

「進んで協力してほしいといっているのだよ。君の能力をかせば、研究者としてもすぐに頭角を現すだろう。あれも、君がおのれの意思で参加したのなら、大人しく従うとは思わないかね?」


 もういい加減にうんざりとしたが、男の目は、一層に光を放つ。ぬらりとした感触さえありそうで、和希は、知らないうちに身震みぶるいをしていた。

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