10.エレベーターあるし!

「ここの会社は、黒服に黒眼鏡が制服?」

竜見タツミ和希カズキさんですか」

「返答の必要、あるかな」

「こちらへ」


 午前中に顔を合わせた二人といい、こいつらは宇宙人話に付きまとう黒服の男たちを意識でもしているのかと、意味のなさそうな擬態ぎたいに首を傾げる。

 質問はあっさりと無視されたが、本当に制服だったらどうしよう。多分、どうもしないがセンスは疑う。

 とりあえず大人しく、男を追う。

 開け放された扉は、和希がくぐると閉じられた。入ってすぐに階段で、皓々こうこうと人工灯に照らされながら、男を前に、無言で下る。

 長々と続くそれに飽きてきた頃に、ようやく扉にたどり着いた。無骨な分厚い扉を、男がさほど苦もなく押し開ける。体は細いが、実は筋肉質だろうか。

 男に続いて扉をくぐった和希は、思わず目をみはった。


「エレベーターあるし!」

「はい」


 十メートルほど離れた壁面のそれに目を留め、じゃあ歩かせるなよとぼやく。

 しかしそれよりもと、広々とした部屋にごちゃごちゃと並ぶ計測器や手術器具のようなものを、うんざりと見渡した。

 拘束器具のついた台に、メスやピンセット、鉗子かんしなどの載せられた台、指示薬や薬品の並ぶ棚、呼吸器具や心電図。カメラやノートの置かれた事務机もある。

 手術室と化学実験室をごちゃ混ぜにして広げたような場所だ、と思う。拘束器具の間隔から見ても、人体実験にうってつけのようで、見ていて厭になる。


「実はここ、製薬会社だったとか? 密かに地下で実験してます、って、都市伝説の域だ」


 言ってみるが、やはり返事はない。

 男の目的地はここではないようで、エレベーターの向かいにある衝立ついたてを、無造作に横にのけた。その向こうにも、扉がある。

 開けた先は、打ちっぱなしのコンクリートの、牢獄だった。


「…やあ」


 和希が見たのと同時に相手も認めたらしく、数時間前に別れたクラスメイトは、頑丈そうな鉄格子をへだてて絶句していた。

 狭い通路で、二つある檻のうちの、サチが入っていない方は空だ。快適さを求めなければ、象も入れそうだ。


「…どうして」


 うつろな声に首を傾げると、幸は、鉄柵をつかみ、火がついたように言葉をいだ。


「何故来た、罠だと判っていただろう、本当に危険になったら逃げると、そう言っただろ!」

「馬鹿だなあ、信じたのか」

「ッ!」


 怒るというよりもむしろ、泣きそうな幸の指先は、柵を強く握りすぎて、早くも白くなっている。

 和希は、それを緩めようとするかのように、そっと手を重ねた。


「ここまで来たんだ、ボクが納得のいくまでつき合わせてもらうよ。君は、神にでも祈るといい。願いを叶えてくれるかもしれない」


 そうして、手を離す。

 振り返ると、案内してきた男が、入り口に立ったまま待っていた。和希の視線を受けて、手で示す。


「ご案内します」

「今度こそ、エレベーターだろうね」

「ええ」


 それならと、ついて行こうとして、思いついて幸を見る。人に怯える動物のようで、和希は、どうしようもなくて苦笑した。


「ボクはキミが好きだよ、長良ナガラ幸。キミが何者であっても」


 だから、気付いてと。そう願うことが正しいのか、和希には判らなかった。

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