10.何か御用ですか?

 硬質な床はよく足音を響かせそうだが、案内人が来る気配はなかった。

 それにしても、平日の午後だというのに、人の動きのない会社だ。さっきから受付嬢以外に、人の姿を見ていない。 

 和希カズキは、軽く反動をつけて立ち上がった。


「トイレ、どこだと思う?」

「お姉さんにでも訊いて来い」

「はーい」

「あ。ちょっと待て」


 真っ直ぐに受付に向かいかけた腕をつかまれ、首を傾げる。

 薄いガラスを一枚へだてた瞳は、遠慮容赦がない。これで、眼鏡さえもなければ、和希は逃げ出していたかもしれない。

 ふっと空気が緩み、見透かしたままの視線で、意地の悪い笑みを浮かべた。


「友達って、女の子か?」

「残念、男の子。ロマンスは芽生めばえそうにないよ」


 笑って立ち上がると、やる気をなくす話だ、と呟いて、ソファーに背を預ける。

 和希は、ずっと見ていたらしい受付嬢のところへ行って、トイレの場所を訊く。そうして、そちらに足を運び、そのまま、近くの階段を下った。

 閉じ込めるなら地下だろうと、そんな安直な考えによる。違っていれば、誰かが出て来て案内してくれるだろう。あるいは、連行か。どうせ、気付かれずに忍び込めるとも思っていない。

 それはタツミもわかっているだろうから止められるかと思ったが、案外おとがめなしだった。

 地下に行けば電波も拾えないだろうと、ようやくイヤホンを外す。普段使うことがないため、変に付きまとっていた違和感が、やっとなくなる。


「ここで合ってるといいんだけど」


 なんとなく呟いた声が、聞き取れはしないものの思ったよりも音として反響して、和希は慌てて口をつぐんだ。何をやっているのか。

 自分で突っ込みに浮かべた疑問は、道をれて、いつの間にか、曖昧なものにり替わった。


 何をやっているのか。

 本当に、サチを助けようと思っているのか。助けられるのか。

 これはただの思い込みで、やはり彼には、余計なことでしかないのかもしれない。

 そもそも、助け出すといっても、何から。

 和希は、一方的に友人と宣言した少年のことを、あまり知らない。


 何度も考えながら、つとめて忘れてきた疑問。自分だけでなく、他の人まで巻き込んだ今になって考えるには、遅すぎる。

 階段は、二階分下ると行き当たってしまった。注意しながら、平行移動する。物置に使われていそうな地下二階は、予想以上に埃っぽかった。


「何か御用ですか?」


 足音もなく、部屋からか出てきた男が、静かに声を投げかけた。

 和希は、そんな男をじっと見つめた。二十代か、せいぜいが三十を過ぎたくらいだろう。そう推測するが、はっきりとは判らない。何しろ、日も差さない地下だというのに、色の濃いサングラスを掛けている。

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