10.健在なりし竜見志郎

 相変わらず耳に押し込んだままのイヤホンからは、既に何度か聞いた音声が流れている。

 盗聴器は既に露見し、親切にも、情報提供をねて、一定時間の会話を繰り返し聞かせてくれているらしい。

 サチはこのビルの中で、杉岡スギオカとは、再会と呼んでいいものか躊躇ためらうような再会を果たした後、閉じ込められているらしい。――おそらく。

 素直に正しい事態を教えてくれているとは限らないが、聞こえた会話を繋ぎ合わせれば、そういうことになる。 


「さて、和希カズキ君。どう行く?」

「とりあえず、こうから受付?」


 はじめはタツミは車で待機の予定だったのだが、既にこちらの存在が知られていると判った時点で、同行することになった。

 こうなるとほとんど意思を変えない、という態度で同行をげた巽に、幸の気持ちが少しわかったかも、と、和希は溜息をこぼした。

 ちなみに、借り物の国産セダンは、本来の持ち主を呼びつけて番をさせている。

 当然のように他人をあごで使う巽に、和希は毎回、漫画で定番の悪の生徒会長みたいだなあと、中途半端な感想を持つ。

 視線にうながされて自動ドアをくぐると、まだ今の季節冷房でもないだろうが、がらんとしているせいか、冷え冷えとした空気に当たった。

 入ってすぐの受付には、妙に垢抜けた女性が座っていた。巽はともかく、和希を見て目を丸くする。なにしろ、自己流山菜摘みの格好のままだ。


「すみません、高見響タカミヒビキさんにお会いしたいのですが」

「…お約束はおありですか?」

「どうでしょう。竜見タツミといいます。お手数ですが、確認していただけますか」


 笑顔で返すと、戸惑った様子のまま、制服だろう薄いピンクのシャツに白いベストの女性は、受話器を取った。

 短いやり取りは予想通りのもので、受話器が戻されたると、案内が来ると告げられた。

 和希は、巽と視線でやり取りすると、来客用に置かれたのだろう無駄に豪勢なソファーに腰を落とした。受付の女性は、まだ少し、不思議そうにこちらを見ている。


「健在なりし竜見志郎シロウ、か?」


 皮肉を言うわけでもなく、淡々と口に出されたのは、和希の祖父の名だ。

 和希は、こちらは口の端を歪め、肩をすくめた。


「さあ。過去の亡霊か、竜見和希の名か。わざわざ呼びつけたのだから、後者だと思うけど」  

「高見ってのが当面の敵か?」

「本当かどうか怪しい情報によると、そうらしい。水無瀬ミナセさんも聞いてみる? ボクが見たのと同一人物なら、黒眼鏡に黒スーツで、まだ若い人だったけど」

「ちなみに、今まで会った中には?」

「覚えがない」


 そうか、と言って、巽は腕時計を見た。飯食い損ねたな、と言うが、正午などうに過ぎている。

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