9.待ってくださいなんですそれ

 力也リキヤは、途方とほうに暮れたように和希カズキを見つめた。


「どうして、俺にこんな話を…?」

「忠告をいただきましたから。誠意には誠意で返すべきでしょう? それがこんな話で、申し訳ないですけど」

「…俺が、他の奴に話すとは考えないのか」

「話すんですか?」

「いや」


 苦笑をこぼし、力也の空気がやわらいだ。真っ直ぐに、和希の目を覗き込む。


「なあ、竜見タツミ。お前の思春期が来たころにも俺が好きでいたら、望みはあるわけだな?」


 和希がよく目にする、生徒たちに人気の生徒会長のかおに戻り、そんな事を言い出す。和希は焦って、思わず前のめりになった。


「待ってくださいなんですそれ、どうやったらそんなことになるんです!?」

「まあ、それまで続くかなんてわからないけどな。お前に好きな奴ができてる、なんて可能性もあるわけだし?」

「そうですね」

「とりあえずしばらくは、気長に待たせてもらうよ」

「え」


 気を軽くしてくれようと、そういった趣旨の発言じゃなかったのかと、勝手に予測していた和希は、今や、珍獣を見る思いで力也を見ていた。本気だろうか。

 しかし、すっかり調子を取り戻した生徒会長は、考えを読み取らせてくれることはなく、笑顔になると、和希の頭を軽く叩いて立ち上がった。


「じゃあ、帰るよ。羊羹ようかん、ごちそうさま」


 しばらく、和希はぽかんとそれを見送っていたが、我に返ると、時計を見て立ち上がった。

 目指すは、自室のモバイルパソコンだ。知人からもらったソフトを入れてあるそれでは、GPS追跡ができるようになっている。

 それと、盗聴器の受信機。これは、すぐにイヤホンに繋いで音声を拾う。

 これももらい物だが改造品で、一時間程度なら、通常のものよりも離れた場所でも音が拾える。

 どちらも、電波が完全に遮断される場所に行かれてしまえば、意味を成さないのだが。


『うするつもりだ』

『なに、もとのせいかつにもどってもらうだけだ』


 盗聴器は、明瞭にとは言わないが、とりあえず意味が取れる程度には聞き取れる。

 和希は、モバイルの電源を入れて起動を待たずに机に戻すと、箪笥たんすの引き出しを開けた。

 飛行機乗りがかぶるような耳付の帽子と、ゴーグル。それと、丈夫な手袋。あとは、これも丈夫なジャンバーを取り出し、ポケットにバンダナを二、三枚と絆創膏ばんそうこうを放り込む。

 実は、山菜取りに出掛けるときの格好だったりする。モバイルをベルトについたポーチに入れて腰に固定すると、それで準備は完了だ。

 なんとか、盗聴器の時間制限が過ぎる前に、山を下って待機しているはずの車に乗り、普通に音が拾える範囲までは行きたいのだが。


『どうせおまえはなにもかんじないのだから』


 黒スーツだろう男の声が聞こえ、イヤホンをむしり取ってののしりたい気持ちにられながらも、意味がないと押さえる。

 それよりもよほど、早く家を出た方が有意義だ。ただでさえ、力也との会話で時間をいている。

 見くびっててくれると助かるんだけどなあ。

 そう思うが、こういった場合、しっかりと見張られていると予想して行動したほうがいい。そうでなければ無駄足だが、それはそれだ。

 さあ、山を越えるか。

 胸の内で呟いて、和希は、こっそりと家を出た。

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