9.あの人が嫌いじゃないですよ
「元々祖父は、息子がほしかったんですよね。それは、希望というより義務感みたいなものだったと思いますけど。時代がかって聞こえるかもしれませんけど、
当たらず触らずの親子関係といえばいいのかもしれない。
祖母は祖母で、愛情を見せることが苦手な性質だから、母は、淋しい思いをしていたかもしれない、とは思う。
だが和希には、それらのことを母から聞いた記憶は一切なく、全てが父母以外からの伝聞と推測だ。
「それでもまあ、成長して。母には、結婚したいと思う人ができました。でも、祖父は反対したんです。それはもう、強固に。相手の問題というよりも、母が家を出ると言ったからのようですけどね。父の勤務先のことがあったらしいです。祖父の強迫観念に火がついた。後は、駆け落ち、絶縁。そうして和解、ってなる日があったかもしれないけど、そこは、夫婦揃っての事故死でなくなってしまいましたね。祖父母は、娘夫婦の葬儀を行って、ボクを引き取りました」
分類されることなく、起こった通りに再生されるそのときの記憶の中で、祖父は、能面のようにただ、厳しいかおをして座っていた。どこか
祖母は、集まった人などに指示を出しながら、それでも眼のふちが赤かったから、どこかでそっと泣いていたのだろうか。
あの葬儀から、
「祖父は、それで――取り違えたんですね。娘だったから、家を投げ出したから、こんな不幸が降りかかったんだ、と。まあこれは、ボクの推測ですけど。だから、たった一人で女の子のボクを、男として育てようと決めた」
嘘だろうと、言いたげな
思うに、母の早い死で、祖父は一種、気が狂ってしまったのだろう。
それでも、悪い人ではなかった。
「
生物学上は、間違いなく女だ。
だが意識はと言えば、男になりたいわけではないが、男の子っぽいどころでなく男に偏っており、女と知ってはいるが、どこかうそ臭い。
性同一性障害と言うにも、違和感のある中途半端な状態だ。
第二次性徴も過ぎているのだからそのうち慣れるだろうと構えているのだが、そのあやふやさのせいでが、そもそも成長が遅いのか、具体的な恋愛感情を持ったことはない。男女どちらにしても、仲間や同類との思いが先に立つのだ。
初恋めいたものは節子だったような気がするのだが、それは、母への思慕と混ざっている気もしないでもない。
「…そんな、こと」
「冗談や誤魔化しじゃないですよ?」
「ああ。そんなことで
「駄目ですよ。そんなことをしたら、祖父が悪者になってしまう。ボクは、あの人が嫌いじゃないですよ。教えてもらったことも色々と、面白かったし。厳しい先生でしたけど」
「…」
何と言っていいのか判らない、と、そんな顔をする。
節子にしてもそうだ。祖母は、表情を崩さないよう、強く口元を引く。
だが和希は、自分が可哀想かもしれない状況にいたと知っている上で、それでも、祖父のやり方も、わかるような気がするのだった。
祖父が、祖父なりの愛情をもって育ててくれたと、知っている。だからこそ、気付いた後でも、誰にも話せなかったのだ。
「そういうわけですから、外れくじですみませんってことで」
「外れてなんか、ないだろ」
どこか呻くような声に、和希は、軽く肩をすくめる。現時点では、恋愛対象としては明らかに外れだと思うのだが、そうとらないならそれでも構わない。
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