9.俺の叔父だ

「実を言うと、俺も良くはわからないんだけど。長良ナガラは、見張られてる」

「誰に?」

「…少なくとも一人は、俺の叔父だ」


 今度は、驚かないんだなとは、言わなかった。

 和希カズキは軽く首をかしげ、先をうながした。


「叔父は、去年の夏、無背ナセに移って来た。近くなんだからって、家に来ることも多かったし、東京で大きな研究施設に勤めてたのに、どうしてこんなところになんて、質問攻めにしたりも。そのうち、叔父の様子から長良を知ってるって気付いて、そうして注意してみてると、どうにも、見張って、どこかに報告してるようだってことが、わかったんだ」


 去年の夏と言えば、サチ杉岡スギオカが引っ越してきた時期だ。

 もっとも、夏と言っても幅広い。そう告げると、力也リキヤは頷いて、言葉をいだ。


「そう思って、俺も、長良が引っ越して来た時期を調べたんだ。叔父が移ってきたのは、その一週間前。偶然かもしれないけど、それでも、たまたま、引っ越してくる一週間前に引っ越してきて、たまたま、その当人たちを知ってて、その付近で姿が見え隠れするってのは、ちょっと偶然が過ぎないか? ないとは言わないけど、だけどそれなら、長良のことを知らないなんて言わなくてもいいはずだろ?」


 思い込みと取れないこともないが、力也の中では、確信があるようだった。


「叔父さんって、会長と同じ名字なんですか?」

「いや。母方だから、違う」

「なんて名前なんです?」


 じっと、目を覗き込まれた。

 真っ直ぐで、羨ましいほどに力強い視線。すこやかに育って伸びる、青竹を想起させる。

 真っ直ぐに、力強く。和希には、手に入れることのできないものだ。和希は、竹の子の時に、歪んで伸びてしまっている。

 そのことで誰をうらむつもりもないし今の自分を否定するつもりもないが、羨望めいた感情はある。


竜見タツミ。何か知ってるのか」


 和希は逆に覗き込んで、にっこりと微笑ほほえんだ。


「何をですか?」


 少しの間見つめあったが、やがて、溜息と共に、力也の方が目をらした。

 幸ではないが、和希も、これ以上人を巻き込むつもりはない。覚悟を決めての人でなければ、尚更だ。

 力也は、深々と息を吐くと、苦笑を浮かべて肩をすくめた。


「悪い、色々とわけのわからないことを言ったな。そろそろ帰るよ」

「そうですか? ああ、会長。はっきり言っておきますけど、幸とは付き合ってませんよ。少なくとも、今は。そもそも、今までに恋愛対象で見られた人っていないんですよね」

「え?」

「折角来てくれたから白状しますけど、祖父に男の子として育てられたものだからか、なかなか、そういった風に思えなくて。女の子が好きってわけでもないですけど」


 力也の、驚くというよりは、理解できていない顔を眺めて、ここで笑ったら失礼だよなあと、ひそかに思う。少し、間の抜けたかおになっているのだが。

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